「勇気の花がひらくとき やなせたかしとアンパンマンの物語」

梯久美子:文

フレーベル館

 

 

アンパンマンの生みの親、やなせたかしの生涯と、アンパンマンの誕生秘話。

 

 

 

 

 

★★★〈本の構成について〉★★★

本書はやなせさんの伝記で、やなせさんの作品の中で特にアンパンマンについて詳しく取り上げられており、タイトルどおり「やなせたかしとアンパンマンの物語」となっています。

 

 

★★★〈自分が読んだ動機〉★★★

新聞で著者インタビューとともに本書が紹介されていたことで、本書の存在を知りました。

アンパンマンが生まれたきっかけが戦争体験だと知り、アンパンマンに戦争の影があったことに驚き、本を手に取りました。

 

 

★★★〈やなせさんの来歴・アンパンマン誕生まで〉★★★

やなせさんが5歳の時に父親が病死。弟は叔父夫婦の養子となり、やなせさんは母と祖母と共に暮らしていましたが、母親の再婚により弟と同じく叔父夫婦に預けられます。

弟は勉強も運動も優秀でしたが、やなせさんは劣等生で、弟に対して劣等感を感じていました。

漫画家を目指して18歳で東京高等工芸学校に入学し、卒業後は製薬会社で広告デザインの仕事に就きます。

しかし就職後わずか1年で徴兵され、中国へ送られます。そして終戦後、日本に引き揚げてきた時に弟の戦死を知ります。

戦後はデパートの宣伝部のデザイナーとして仕事をはじめ、34歳の時に憧れだった漫画家になります。

しかし漫画の人気は出ず、依頼される仕事はTVやコンサートの台本作りやミュージカルの舞台装置のデザイン、映画の批評、TV出演など、漫画以外の仕事ばかり。

また漫画の他に詩を書くことも好きだったので詩集を出版したり、絵本も出版しました。

1973年には詩と絵と物語を集めた雑誌「詩とメルヘン」を作り、編集長となります。

同じ年に絵本の依頼があり、生まれたのが絵本「あんぱんまん」でした。

 

 

★★★〈大不評だったアンパンマン〉★★★

絵本「あんぱんまん」が生まれたのはやなせさんが54歳の時。

ところがこの絵本は大人から大不評でした。批判内容で一番多かったのが「顔を食べさせるなんて残酷だ」というものでした。

 

 

★★★〈アンパンマンが生まれたきっかけは戦争体験〉★★★

やなせさんは22歳で徴兵され中国へ。正義の戦いだと信じていたのに、戦争が終わるとそれは侵略だと言われました。

簡単に逆転する正義なんて本当の正義と言えるのか。それじゃあ本当の正義とは何か。

戦場で味わった飢餓の経験から、「飢えている人を助けることは、決してひっくり返らない本当の正義だ。」ということに気づきます。

 

「自分の食べものをあげてしまったら、自分が飢えるかもしれない。いじめられている人をかばったら、自分がいじめられるかもしれない。それでも、どうしてもだれかを助けたいと思うとき、ほんとうの勇気がわいてくるんだ」(106ページ)

 

顔を食べさせたせいで、元気をなくしてふらふらになるアンパンマン。

戦場での飢餓の経験から生まれた、「お腹がすいている人に食べ物を分けてあげることは、国も時代も関係なく正しいことだ。」という考え。

それがアンパンマンで描きたかったことでした。

 

 

★★★〈子どもたちの間で大人気となったアンパンマン〉★★★

やなせさんは自分が編集長の「詩とメルヘン」にアンパンマンを描き続けました。

5年後、「保育園や幼稚園でアンパンマンの絵本が大人気なんです」「うちの子どもがアンパンマン大好きなんです」という話をあちこちで聞くようになり、子どもたちの間でアンパンマンが人気者になっていることを知ります。

かつて「こんな絵本は描かないでください」と言った出版社からもアンパンマンの絵本の依頼がくるようになりました。

 

 

★★★〈あえて地味なヒーローを描いた理由〉★★★

アンパンマンのアニメ化の話もありましたが、「ヒーローが地味すぎる」「ヒーローはかっこよく敵を倒さないと人気がでない」とテレビ局から反対されてなかなか実現しませんでした。

 

「相手をとことんたたきのめし、森や街をこわして、それで『正義が勝った』といって、ハイおしまい。それでいいんだろうか」(112ページ)

 

「アンパンマンは、たしかに弱い。でも、それでいいんだ。弱いものが勇気を出したとき、ほんとうのヒーローになれるんだ」(113ページ)

 

 

★★★〈アンパンマンのマーチの歌詞に込めた思い〉★★★

それでもテレビ局に熱心な人がいて1988年、アンパンマンの放送が始まります。やなせさんが69歳の時です。

アニメ化にあたり、やなせさんはテーマソングの「アンパンマンのマーチ」の歌詞を書きました。昔からずいぶん深い内容の歌詞だなあとは思っていましたが、そんな歌詞を書いた理由が本書で明らかにされています。

 

「子どもむけだからといって、レベルをさげてはいけない。真剣に伝えれば、子どもはちゃんとわかってくれる。おとなより、よほどするどいんだ。」(118ページ)

 

歌詞に込めたのは、人生で躓いたときに何度も考えた、「なんのために生まれて、なにをして生きるのか」という問いかけ。

ストーリーに込めたのは、正義とは何かというメッセージ。

 

子ども向けの絵本を沢山描いてきたやなせさんは、子どもは物事の本質をぱっと掴んでしまうことを知っていて、アンパンマンに深いテーマを持たせたのです。

 

 

★★★〈著者について〉★★★ 

本書の著者の梯久美子さんは、やなせさんが編集長の雑誌「詩とメルヘン」の編集者だった人です。

 

 

★★★〈著者から見たやなせさんの人物像〉★★★ 

あとがきには著者から見たやなせさんの人物像が書かれています。

多くの詩人や画家、編集者やスタッフを育て、誰かが元気をなくしたり困っていると必ず助けの手をさしのべてくれる人。

きらめく才能より一生懸命さを大切にして、「天才であるより、いい人であるほうがずっといい」とよく言っていた人。

 

何度もつらい経験をしてきたからこそ、困っている人を助けたいと思う、優しく温かい人柄だったのだと思います。

 

本書にはやなせさんの詩がいくつか掲載されています。どれも話し言葉のようなやさしい文章で、人の心にそっと寄り添うような温かみがあります。それらにもきっと、やなせさんの人間性が滲み出ているのだと思います。

 

 

★★★〈本書を読んで知った、アンパンマンの魅力〉★★★

アンパンマンの魅力は、キャラクターや絵の愛らしさといった「絵の魅力」によるところもあると思います。しかしそれ以上に、物語に反映されているやなせさんの「人間性」が多くの人を惹き付けているのだと、本書を読んで思いました。

絵本やアニメという形で表現された、やなせさんの考え方やメッセージ。

それがアンパンマンの世界の根底にあるからこそ、小さな子どもでも理解できるお話の中にも人の心に響くものがあるのでしょう。

 

 

★★★〈本書を読んで思ったこと〉★★★

私は芸術についてはほとんど無知の人間ですが、本書を読んで、絵本やアニメに限らず「自分の中にあるものを表現する」作品にも同じことが言えるのでは、と思いました。

逆に言えば、どれほど高い技術をもってしても、表現されているものが軽薄であるとそれほど魅力的に感じられないかもしれません。例えばきれいな絵だな、キャラが可愛いな、と思ってもそれ以上に深く感じるものがないかもしれません。(もちろんそれだけでも素晴らしい作品はあると思いますが)

 

作品に込めたメッセージや、滲み出る人間性。それらは人間力と言ってよいのでしょうか。

本当に素晴らしい作品と作ることができるのは、「表現する技術」と「人間としての力」の両方が備わっている人ではないか、と思いました。

 

 

★★★〈終わりに〉★★★

本書は子ども向けに書かれた児童書です。漢字の少ないやさしい言葉づかいで文字も大きく、すべての漢字にふり仮名がふられていて、ページ数も多くはありません。

しかし内容は濃く、大人が読んでも胸に刺さるものがあります。

アンパンマンが時代を超えて愛され続ける理由。それが分かった気がしました。