「戦下のレシピ 太平洋戦争下の食を知る」

斎藤美奈子:著

岩波書店

 

 

戦争の影響で食糧がなくなるのではない。食糧がなくなることが戦争なのだ。(164ページ)

 

食糧難は生命を危機にさらすだけでなく文化破壊でもある。主食と副食の区別をなくせ、栄養だけを考えろ、何でも粉にして食せ―これが文化破壊でなくてなんだろう。(184ページ)

 

 

 

 

 

 

★★★〈自分が読んだ動機〉★★★

戦時中の舞台にした小説や漫画に出てくる生活の様子。祖父母から聞いた戦時中の話。

その中で特に印象に残っているのが、当時の食事についてです。食べていた食材や調理方法は、今では考えられないようなものが多くありました。

食糧の乏しかった時代はどんなものを食べていたのだろうと思い手に取ったのが本書です。

 

 

★★★〈こんな人におすすめ〉★★★

・戦時中の食事事情を知りたい人。

・主婦の目線から見た戦時中の生活の様子を知りたい人。

・非常時の食事・料理に興味がある人。

 

 

★★★〈本の構成〉★★★

1章(戦前のレシピ)

2章(日中戦争下のレシピ)

3章(太平洋戦争下のレシピ)

4章(空襲化のレシピ)

5章(焼け跡のレシピ)

文庫版のための覚え書き(占領下のレシピ)

 

と時系列順になっています。

 

本書は2段に分かれており、上段には本編を、下段には当時の婦人雑誌に掲載されていた記事の引用が掲載されています。

当時の主婦が知識を仕入れる手段として、最も大きな存在が婦人雑誌でした。婦人雑誌には家事・子育て・美容・ファッションなどあらゆる生活情報を載せており、当然食についての記事も多くありました。本書の下段に引用された記事の大部分はレシピの紹介で、時代と共に悪化していく食の事情がよく分かります。

 

 

★★★〈本の概要〉★★★

〈第1章(戦前のレシピ)〉・・・戦前の食生活について。

当時の農村は貧しく、麦飯やおかゆ・雑炊の他、地域によっては雑穀や芋を主食としていた地域もありました。一方で都市部の食文化は実に多彩で、ライスカレー・コロッケ・ハンバーグ等のモダンな洋食が普及しており、婦人雑誌には帝国ホテルの料理長による家庭料理やケーキ・ドーナツといったお菓子など、手の込んだバラエティ豊かなレシピが並んでいました。

 

〈2章(日中戦争下のレシピ)〉・・・盧溝橋事件のあった1937年から1941年頃までの様子。

初期の頃は日本が勝っていたので祝賀モードに沸いており、婦人雑誌には「鉄兜マッシュ」「軍艦サラダ」「飛行機メンチボール」などお祭りメニューが載っていました。

それでも1938年には国家総動員法、1940年には贅沢品の製造・販売を制限する法律ができ、「ぜいたくは敵だ」「欲しがりません勝つまでは」の時代が到来します。

まず米の節約が求められるようになり、炊き込みご飯にする、パンや麺を主食にする、芋など満腹感のあるおかずを食べる、等の方法で米の節約が始まりました。

そして1941年には六大都市で米が配給制となり、やがて全国に広まりました。

 

〈3章(太平洋戦争下のレシピ)〉・・・1941年の真珠湾攻撃から始まった太平洋戦争下での様子。

この頃には米以外の食糧・調味料・生活用品・燃料などほとんどの生活必需品が配給制となりました。配給品を手に入れるには毎日数時間も配給の列に並ばなければならず、その配給品も量が少ない・行ってみるまで何が配給されるかわからない・質が悪いと問題だらけ。

婦人雑誌に載るレシピも、僅かな肉や魚を大勢で分けて食べられるよう小さく切ったりすり身にしたレシピや、肉の代わりに貝を入れたカレー・鮫のそぼろ丼・大豆の粉の活用方法など、メニューが段々と貧弱になっていく様子が伺えます。

 

〈4章(空襲化のレシピ)〉・・・本土への空襲が始まった1944年以降の様子。

婦人雑誌はサバイバル読本と化しました。

この頃になると配給制度も滞っており配給される品だけでは生活できず、人々は農村へ買い出しに行っていました。主食として配給されたのは乾燥大豆・乾燥とうもろこし・麦・雑穀類で、そのままでは食べにくいので石臼で粉にして食べていました。

空き地は畑となり、家庭菜園が大流行。燃料やマッチも不足し、空襲に備えるためにも、火を使った調理は一日一回となりました。

野菜は生で食べ、野菜の葉・蔓・皮、茶殻、道端の野草や雑草、昆虫まで食糧となる有様。

普段は生では食べない野菜を生で食べたり、苦くて青臭い野草などを食べる時に、味をごまかすための調味料も不足していた為、代用マヨネーズ・代用醤油、〇〇ソースなど調味料を手作りしていましたが、材料が無いためかなり貧相なものでした。

当時の町の雑炊食堂で食べられたのは、「ほんのちょっぴりの米に、大根の葉や、芋のつる、皮のままのじゃがいものかけらなぞを、シジミかタニシの剥き身を出汁に、代用醤油で煮込んだ、するすると吸えるようなもの」というもので、家庭で食べられる雑炊も似たようなものでした。

 

〈5章(焼け跡のレシピ)〉

〈文庫版のための覚え書き(占領下のレシピ)〉・・・戦争直後の様子と戦争中の食事事情についての総括です。

戦後の食糧難は戦時中以上に悲惨だったと言われており、配給制度は続いていたものの、主食は正体不明の穀物の粉など質の悪いものでした。工場も破壊され、人手も資源も不足していた為に食品製造工場も動かせず、物資輸送も困難でした。婦人雑誌にはどんぐり・ザリガニ・昆虫・かたつむり・かえる・蛇の食べ方といった記事が載りました

日本政府はアメリカからの物資援助・ユニセフから寄贈された脱脂粉乳・農家からの供出の強化といった方法で食糧安定を図り、食糧事情は1949年にようやく安定します。

 

 

★★★〈主婦の目線から見た戦争〉★★★

戦争に関する書物は数多くあれど、戦時中の食事事情についてここまで詳しく解説した本は珍しいのではないでしょうか?

本書の内容には政治・外交・軍隊・経済・兵器についての記述はなく、当時の食事事情に徹底しています。そしてそれは、食事作りを担っていた主婦がどのように食生活を切り回していたのか、という詳細な記録です。

 

どんな時でも、生きるためには食べていかなければならない。

食糧を手に入れて、限られた材料で食事を作ることが、主婦にとっての戦争でした。

 

 

★★★〈驚くほど貧弱な戦時中の食事〉★★★

うどんを細かく切って炒めたチャーハンもどき、米と芋の雑炊、こんにゃく(餅の代用)にきな粉をかけたおやつ、米ぬかを炒ってチョコレート風味を出したビスケット、すり潰した芋や大豆に潰したご飯や小麦粉を加えてありあわせの野菜を入れたすいとん、茹でたたんぽぽの葉とすり潰した魚の骨や卵の殻とあえたもの、茶殻入りご飯。

 

などなど、当時の婦人雑誌に載っていたレシピからは、食べ物が手に入りにくくなっていく状況が分かります。食べにくいものをすり潰して食べやすくするため、家庭では石臼が必需品でした。

 

 

★★★〈恐ろしく大変な主婦の仕事〉★★★

本書を読んで知ったのが、戦時中の主婦の仕事が恐ろしくハードであることです。

まず食糧の調達から大変で、食糧も調味料も不足している上に質が悪いため、食事を作るのにおそろしく手間がかかる。そんな中でも少しでも栄養があり、お腹を満たし、おいしい食事を作るため頭を悩ませ、様々な工夫をこらしていたことが、婦人雑誌のレシピから見て取れます。

 

炊事以外にも家庭菜園、干し野菜作り、縫物や繕い物など山ほどの家事、戦時中には隣組や婦人会などの活動もあり、その上毎晩のように空襲警報が鳴るために慢性的な睡眠不足状態。

しかも「ぜいたくは敵だ」「欲しがりません勝つまでは」という標語が躍るご時世では表立った批判もできず、どうにも窮屈な生活でした。

そして戦争が終わっても、食糧・生活物資の供給が安定するまでは、主婦の戦争は続いていたのです。

 

 

★★★〈なぜ戦争が食糧難を招くのか、二つの理由〉★★★

戦争が食糧難を招く理由を、著者は二つあげています。

 

一つ目の理由は、産業の全てが軍需優先となるためです。

日用品などの工場は軍需工場に転業し、男は戦地に召集され、召集されない男女は軍需工場に駆り出され、農村の人手は手薄になります。

 

二つ目の理由は、輸送が困難になることです。経済封鎖や海上封鎖で輸送路が絶たれると、外部からの食糧や燃料などの物資が入ってきません。燃料がなければ国内の輸送も滞り、ある地域に食糧があっても他の地域へ送ることができなくなります。

戦地の兵士達への補給船は次々と沈められて、内地より一層食糧に窮しており、多くの餓死者が出ました。

 

戦闘や空襲は戦争のほんの一部に過ぎず、戦争の大部分は物資の調達・運搬・分配といったシステムを維持していくことだ、と著者は述べています。

 

日本が戦争に負けた理由の一つは、日本が物資の補給に失敗したから。広げ過ぎた戦線に食糧を送ることが出来なかったから。歴史に詳しい父から、そういった話を聞いたことがあります。

システムが安定している平時では感じることの少ない、「食べていく」ことの大切さとが難しさを、本書でも思い知らされました。

 

 

★★★〈戦争の本質は、食糧・物資がなくなること〉★★★

戦争と聞くと、戦車や戦闘機などの戦闘や市街地への空襲、原爆といった「暴力による破壊・殺戮」が思い浮かびます。しかし戦争の本質とは、食糧・物資がなくなること、そのために生活が破壊されること。本書を読んでそう思いました。

 

食糧・物資が困窮すると一般人はこんなものを食べることになる、こんな生活になる、という生々しい事実を見せつける本です。

 

戦地へ赴くことが無くても、暴力を受けなくても、じわじわと圧迫されて苦しめられる。

それが戦時下に生きる人間を襲う「戦争」です。

時代が変わっても、戦争の本質は変わっていないでしょう。いつかまたその時がきたら、同じことが繰り返されることは想像に難くありません。

 

 

★★★〈有事の際には、本書が実用書として役立つかも〉★★★

今も世界の至る所で戦争・内乱が続いており、日本にも疫病の流行や金融危機、政情不安、自然災害など、火種がいくつも転がっているように思います。

ひとたび事が起こればあっという間に町から食糧・物資がなくなり、日常生活が「戦争状態」に陥ってしまうことが容易に想像できます。

 

もしそんな未来が来てしまったら、本書が役立つかもしれません。

平時では、有事の際にどんな生活になるのか、シュミレーションとして。

いざその時来てしまったら、サバイバルレシピ本として。

できることなら、そんな未来へ向かわないようにしたいものですが・・・

 

 

★★★〈終わりに〉★★★

戦争を支えるのも、日常生活を支えるのも、物流システム。

人々に食べ物が行き渡らなければ、生きていくことはできず、どんな作戦も実行出来ない。

どんな時も食べ物が手に入る生活を維持できるのが、本当に豊かな国・強い国だと思いました。