「孤島の鬼」

江戸川乱歩

創元推理文庫

 

 

 江戸川乱歩の最高傑作、長編ミステリー。

 

 

 


 

★★★〈自分が読んだ動機〉★★★

江戸川乱歩にはまって乱歩作品を読み漁っていた時に見つけた本です。

 

 

★★★〈こんな人におすすめ〉★★★

・江戸川乱歩が好きな人

・ミステリーが好きな人

・同性愛の要素がある小説が好きな人

・「もろにBL」ではない普通の小説で、同性愛の要素がある小説を読みたい人

・大正時代の雰囲気が好きな人

 

 

★★★〈あらすじ〉★★★

物語の語り手である簑浦が25歳の時、同じ会社に入社してきた18歳の木崎初代と恋仲になるところから物語が始まる。

初代は母と暮らしていたが実の親子ではなく、初代が3歳の時に船着き場で置き去りになっていたところを拾われ、養子となった娘だった。

 

二人の仲は順調に発展し、簑浦は初代に指輪を送る。初代は指輪のお返しにと、自分が拾われた時に持っていた系図長を簑浦に預ける。

その直後、初代に求婚する男が現れる。

求婚者は諸戸道雄という青年で、簑浦が学生時代に同じ下宿屋に住んでいた6歳上の友人だった。

彼は簑浦に対して恋愛感情を抱いており、下宿生活が終わった後も簑浦を観劇に誘ったり恋文を送るなど、簑浦に対する情が覚める様子が無かった。

優れた頭脳と美貌を兼ね備え、とても親切に面倒を見てくれた諸戸に対し簑浦は、親しみと尊敬の念を持っているものの同性を恋愛の対象として見ることができず、かといって彼を拒絶することもない、奇妙な友人関係を続けていた。

 

そんな諸戸が初代に熱心に求婚し始めたことに簑浦は戸惑うが、その直後に初代が施錠された自宅の中で何者かに刺殺される事件が起こる。

悲しみに暮れる簑浦は、初代を殺した犯人を自分で探し出すことを決心し、深山木幸吉という素人探偵の友人に協力を求める。深山木は事件に興味を持ち調査を始めるが、その深山木も人で賑わう海水浴場で白昼堂々刺殺されてしまう。

 

一連の事件で諸戸に疑いを持った簑浦は、真相を確かめるべく諸戸を訪ねる。しかし諸戸は犯人ではなく、独自に事件の真相に迫ろうとしていた。

 

初代の系図長、諸戸の推理、深山木の残した手がかり。それらを繋ぎ合わせるうち、諸戸は自分の故郷にすべての事件の発端があることを知る。

そして簑浦と諸戸は事件の真相を求め、諸戸の故郷、紀伊半島沖の離れ島へ向かう。

 

 

★★★〈江戸川乱歩の最高傑作〉★★★

私が読んだ江戸川乱歩の作品の中で一番傑作だと思うのが「孤島の鬼」です。

始まりは一件の密室殺人でしたが、犯人を追ううちに何十年にも渡る陰惨な犯罪が明らかになります。

一つの謎が解けたらまた新しい謎が現れるを繰り返し、次第に深い闇に近づいていく展開はテンポが良く、最後までドキドキしながら一気に読んでしまいました。

 

 

★★★〈乱歩特有の狂気に満ちた猟奇的な犯人〉★★★

人が人を殺す理由は、怒りや怨み、色・金・権力をめぐる争いが多いのではないかと思います。

しかし本作の事件の元凶となる人物は、そんな分かりやすい動機で動いたのではありません。不幸な人生から生まれた動機でしたが、その所業やそれに至る思考は常人の理解を超えています。

ありきたりな表現をすれば、もはや人間とは思えない「頭のおかしい人」「異常者」で、下手なホラーに出てくる幽霊よりよほど恐ろしいです。

他の作品にもそういった類の人物は登場し、それが乱歩作品独特の大きな魅力なのですが、「孤島の鬼」が一番狂気に満ちていると思います。

 

 

★★★〈前半はミステリー、後半は人間ホラー〉★★★

前半は初代から始まる一連の殺人事件と謎解きがメインです。後半は諸戸の故郷の離れ島で事件の元凶を探ることになり、謎解きや宝探し、地底探検などの冒険が繰り広げられます。

冒険といってもワクワクするものではなく、簑浦と諸戸の身に起こること・明らかになる事実はまさに地獄絵図です。

 

人間とは思えないどす黒い狂気。それが長い年月をかけて諸戸や初代・簑浦・深山木・その他多くの人間を巻き込み、そして終焉を迎えるまで、次々と湧き出てくる謎が見事に繋がっていき、最後まで怒涛の勢いで展開します。

 

 

★★★〈同性愛の要素。主人公に思いを寄せ続ける諸戸青年。〉★★★

とにかく陰惨な物語ですが、諸戸の同性愛の要素が盛り込まれていることが、物語に切なさを添えています。

 

諸戸は簑浦を一途に何年も想い、尽くし続けます。

簑浦は線の細い美青年で、自分に同性を惹きつける魅力があることを自覚していますが、同性は恋愛の対象外。しかし諸戸が手を握ることに「やや胸をときめかしながら、彼のなすがままに任せた。といって、私は彼の手を握り返すことはしなかったのである。」などなかなかの小悪魔です。

 

自分が恋愛対象外であることを分かっている諸戸は、簑浦に対する思いを抑えているものの、衝動を抑えきれずにうっかり手を出してしまう場面はなかなかのドキドキ感があります。

 

簑浦の目線で書かれているので、諸戸がどのような気持ちだったのか、詳しい描写はありませんが、しかし自分を受け入れず、かといって拒絶することもない簑浦と、片思いのまま友人関係を続けることは相当辛かったと思います。

彼の生い立ちからも、彼は自分を愛してくれる人を欲しがっていたのだと思います。

同性愛者が異性愛者を愛した当然の結果とはいえ、やはり諸戸がひどく不憫に思いました。

 

 

★★★〈最後の一文は、まさに名文〉★★★

物語の最後の一文。ネタバレ回避のため引用しませんが、諸戸の簑浦に対する想いの深さが読み取れる、胸に刺さる名文だと思います。

 

 

★★★〈鬼とは誰か〉★★★

タイトル「孤島の鬼」。鬼とは一体誰を表しているのか。離れ島に住む鬼か、孤独を抱え報われぬ相手を何年も想い続ける諸戸か、つかず離れずの距離で諸戸を翻弄し続ける簑浦か・・・

いくつもの解釈のできるタイトルもまた秀逸です。

 

 

★★★〈奇形の人間の差別的表現については修正せず、当時の挿絵も掲載〉★★★

本作には奇形の人間が多く登場し、「かたわ者」等の今では差別的であるとされている言葉もあります。

本作に限らず乱歩作品には今でいう「障害者」の登場人物が多く、出版社によっては現代では不適切となる表現を修正している所もあると聞いたことがありますが、創元推理文庫から出版されている本作は、当時のことばを原文のまま掲載しています

 

乱歩の作品は多くの出版社から刊行されていますが、言葉を修正していないことに加え、作品が発表された当時の挿絵を掲載していることが決め手で創元推理文庫を選びました。

当時の言葉遣いと挿絵があることで、物語に当時の時代の雰囲気を感じることができます。

 

 

★★★〈終わりに〉★★★

人間の醜さ、愛情故の切なさと幸福を描いた、ミステリーの歴史に残る名作だと思います。

ミステリー好きな人にはぜひ読んでほしいです。

また乱歩の本を読んでみたい人の最初の一冊としてもおすすめです。