セッションで「前世も見えますか?」
とよく質問されます。
誰かのストーリー(日本以外)が出てくることは、
セッションでも、めずらしいことではありません。
昔は、セッションで視ていましたが、
最近はそこのデータは視ずにカットします。
なぜなら「誰かの前世を見ても永遠に終わらない」
ということに気づいたからです。
誰かの前世ストーリーは、あくまでも情報データバンクの中では、
二次的データ的であり、肉体や血脈データとの関連性は一切なく、
「自分のイメージと
似たものを
データバンクから拾って
視ているだけ」
ということに気づいたからです。
個別にあるように見える魂も、繰り返しているように見える
輪廻転生も、実は人間が似たようなデータを拾って
捉えて繋げたストーリーなのです。
本当は個別の魂も、
輪廻転生も、
一切存在しません。
そこを存在すると信じているのは、自分が個の何かであると、
繰り返している何かであると信じている、
ストーリーの中の
イメージの自分だけです。
本当のわたしたちは、イメージで捉えられるものは
一切なく、ストーリーの中に存在しません。
繰り返しているように見える、何かでもありません。
繰り返しているように見えるストーリーは、すべてデータであり、
わたしたちの本質はデータ側ではないからです。
たしかに、自分と似たような誰かの前世を視て、涙が出たり、
癒されたり、その瞬間はするかもしれません。
でも、それで日常の何かが変わるか、誰かとの関係性が
変わるか、というと実際はそうでもないのです。
前世ストーリーは、自分のイメージに類似性のある
タグづけされたものをデータバンクから拾ってきてるだけなので、
誰かのストーリーの中にいる限り、
本当の解放は起きないからです。
例えば「誰かを救いたい」というデータがあったとします。
そういう場合、どっかの何時代の何々神殿の神官だったとか、
巫女だった、というストーリーが出てきます。
でも真実のデータを視ていくと、小さい頃に
「お母さんを助けたかった」切なる思いから
単純に来ている場合もあるし、
先祖データに「周りを助けなければならない」
と家族のために身を粉にして働いていた
誰かのデータが出てきたりします。
共通するのは「周りの人を助けなければ」という
使命感やドライバーのデータであり、
そこに似ているストーリーを「誰かの前世」で
検索して拾っているだけだったりします。
なので、誰かの前世ストーリーを視ることは、
「なんとなく納得した」感じで終わるだけなので、
セッションではダイレクトな肉体エネルギー直結の
解放にはならず、カットしています。
データを解放すると、ストーリーごと消えてなくなります。
↑後で何のデータだったか思い出せなくなります。
もし、「私は△△という時代の✖✖だった」という
イメージがずっと残っているとしたら、それはまだ、
そのイメージの中から解放されていない何かがあるということで、
本当のデータ元は、別のところにある可能性があります。
それが、ゆにこのセッションでいうところの、
私たちの肉体に最も近いデータ、
インナーチャイルドやファミリーカルマであり、
検証性と照合性を合わせても、最も現実的に
エネルギーが動きやすいデータだったりします。
わたしたちは、もう自分の本質が何であるかに
多くの人が、気づいてきているので、
関係性の薄い「誰かのストーリー」の中に自分を見い出し、
共感して、癒そうとしなくても、今ここで、
ずっと見つけてなかった、こもった熱のあるデータが、
すぐそばで、あなたの気づきを待っています。
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