久しぶりです


お腹もでかくなり毎日胎動を楽しんでいたのにあせる




母が倒れました

脳梗塞です



スーパーで倒れたので速攻救急車で搬送してもらいました


スーパーですっころんで救急車で運ばれたそうです




左半身が不自由になりました

とりあえず話せるし足も動くけど手が動かなくなりました

嘘みたいなほんとのはなしです

何度も泣きました
ウチには父親はおりません

2005 2月

体の調子が良くないと足におかしな湿疹が出来たとか変なとこに瘤が出来たとか血便が出たとかで町医者に見せにいくものの
「ウチでは対応出来ないから大きい病院紹介するよ」

と言われて

大きいトコに言ったけどその時点ですぐ様検査入院
(薄々ドンナ病気か父は感じ取っていたみたい)



入院して数日後病院から連絡があり
「ご家族の方にお話がありその後本人さんにお話ししますので約束の時間の一時間前にきてください」
と言われました

このときなんとなくわかりましけど病院に行き話を聞いて
告知するかどうかの決めました

当然告知するようにしてもらいましたが…一応医療系の仕事をしてるのでその時カルテをチラッと見たら結構進んでる系の事が書いてあるのが分かり
(いつかは確実にその時が来るんだ)と密かに覚悟しました

その病名を聞いたときに同じ病名の人を知っていてその人は今も元気だけど障害を抱えているから同じ様になるのかな?と思ったら場所が違うから大丈夫と言われて安心しました


そこからはトントンと手術の日も決まり身内だけには話をして内々に話を留めておこうという家族会議をしました


「手術が始まって一時間で出て来たら諦めてください開けたはいいけど範囲が広いと言うことで」

一時間経っても出てこなかったのでとりあえずはトルもの取ったんだなぁとおもいました

手術後取ったもの見せてもらったけどなかなかのものでした

ただ首のところの瘤は頸動脈に近いと言うことでノータッチでした


それから1ヶ月後に退院したけどそれからはすぐ週一の抗がん剤治療に通ってました
この頃父と母は同じ仕事をしてたので仕事早抜けしては治療に通ってたようです
近くに母がいたので治療のキツさからくるイライラも相当ぶつけていたようでした



毛が抜けたりするのか?と思ったけど全く抜けることなくそのままでした




この病気がわかった頃から自分の役割はその場を和ませる面白い事を言って張り詰める空気を和らげる役割になってました

一つの季節が過ぎ二つの季節がすぎた頃……

遠くからあの人を見た(見かけた)

懐かしい話しです(>_<)

まだアタシが「ただれてなかった時(笑)」




高校の時仲良くしてた先輩がいました

部活のせんぱい(女)とその友達(男)
何がきっかけで仲良くなったかはわからない無いけど卒業してからもそれぞれに仲良く遊んでました
女の先輩は地元を離れ
男の方は地元だけど一人で暮らしてて(アタシの家から徒歩五分のとこ)その部屋にしょっちゅう遊びに行ってました

そんなことを繰り返してると少しずつ好きになっていったけどその頃は「一緒に居れるだけでいい」と思うくらいでそれ以上の事は考えてませんでした


何しろ昔のアタシは「コンプレックス」の塊みたいなもんで
自分から告るとかもってのほかだったんです

しかも先輩が行った専門が女ばっかりあせる男なんてクラスに3人いればいい方だからこんなにガキ相手にせんだろうとおもいました

そんなこんなで自分の思いを告げることなく自分も卒業間近になったときに(自分も地元離れる)
先輩から「実は彼女が最近出来て」

と告げられ

アタシの淡い恋は終わりを告げました
「えー良かったじゃないですかーどんな人ですか?」

と思いっ切り笑顔で聞いた覚えがあります

それ以来先輩のアパートに行くことも無くなり頻繁にしてたメールも月一回になり連絡もしないようになりました

アパートの前を通ると「先輩元気かなー?」なんて昔は思っていたけどもう十年近く前の事なんですっかり記憶の片隅に追いやられていたけど
先日遠目で見たとき少し昔を思い出してみました



今のアタシと大違い(笑)