1980年以降の日本のインフレ率の推移をみると、山はいずれも次のような要因によって発生したコストプッシュ・インフレです。

 

1978−82年 第二次オイルショック

1989年 消費税導入(3%)

1990−1991年 湾岸戦争

1997年 消費税増税(5%)

2008年 原油価格高騰

2014年 消費税増税(8%)

2019年 消費税増税(10%)

2023年 コロナ禍後の供給制約

 

日本のインフレ率の推移(世界経済のネタ帳)

 

バブル期(1986−1989年)においても年平均インフレ率は0.6%で、需要の拡大によるディマンドプル・インフレが2%を超えたのは1985年が最後です。

 

日本のインフレ率がが低いことは他の主要国と比べると一目瞭然で、コロナ禍後の最高インフレ率も、米英の9.1%、11.1%に対して日本は4.3%でした。

 

主要国における消費者物価指数の動き(社会実情データ図録・総務省)


 

日本のインフレ率が低い理由を専門家は次のように説明しています。

 

1、終身雇用制のもとでは、失業率・賃金が大きく変動しないため、購買力の変動が少ない。

 

2、サービス分野には多くの公共料金があり、その料率は公的機関により決定・認可されるため、市場原理が働かない。

 

3、価格競争のビジネスモデルが主流であるため、コストを最大限吸収して価格競争力を高めることが、事業および企業を存続させるための最優先目標となっている。

 

4、価格に敏感な消費者を意識するあまり、企業は極端に保守的になり、戦略的な価格設定ができていない。

 

主要国の失業率の推移(総務省)


 

正規・非正規雇用労働者の賃金の推移(厚生労働省)


 

硬直した日本の消費者物価と、市場原理に基づいて変動する他の先進国の消費者物価では金融政策の効果は異なります。

 

今回のコロナ禍後のインフレ率上昇に対して、日本銀行と他の先進国の中央銀行が取った金融政策の相違はその好例です。

 

日本銀行はー0.1%の政策金利を維持したままで、インフレ率は2023年12月には2.3%まで低下し、目標の2.0%近辺で止まることを期待して見守っています。

 

一方、アメリカとEUの中央銀行は2022年になると段階的に政策金利を上げて、それぞれ5.5%、4.5%とした後は、インフレ率が目標の2%まで低下するのを忍耐強く見守っている状況です。

 

日本の政策金利の推移(ザイFX)


 

アメリカの政策金利の推移(ザイFX)


 

EUの政策金利の推移(ザイFX)


 

80年代後半から90年代初めにかけて、物価が安定する中で資産価格の大幅な上昇を容認してバブルの生成と崩壊を招いた苦い経験から、日本銀行は金融政策が物価の水準だけに強い影響を受けることへの懸念を持っていました。

 

しかし、2012年12月の衆院選で自民党が圧勝して政権を奪回すると、政府から日本銀行に対する圧力は極限に達し、翌年の1月には2%の物価安定目標の導入に追い込まれたのです。

 

それ以降は、物価安定目標達成を口実に、量的・質的緩和(2013年)、マイナス金利付き量的・質的緩和(2016年1月)、長短金利操作付き量的・質的緩和(2016年9月)と金融緩和政策をエスカレートせざるを得ませんでした。

 

「物価安定の目標」について(日本銀行)


 

日本銀行法第二条には「日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする。」と規定されています。

 

当時、物価は安定しており、政策金利がゼロ近傍にまで下がる中、金融政策だけで物価上昇率を大きく高めることは困難なことは2001−2006年の量的緩和実施で経験済みでした。

 

2013−2019年の年平均経済成長率は0.9%で、労働者の実質賃金は伸びておらず、国民経済の健全な発展に資することができたとも評価できません。

 

日本の実質GDP成長率(日本経済新聞)


 

実質賃金の前年比伸び率(日本経済新)


 

自民党政府が日本銀行を2%の物価安定目標の導入に追い込み、超金融緩和政策の実施を迫った目的は他にあったのです。

 

それは、1995年から続けられていた低金利(0.5%)政策などをエスカレートして低利の長・短期資金を安定的に供給し、最終的には円安にも誘導して、1990年以降は売上高を伸ばせずに低迷している日本企業を救済することでした。

 

売上高と経常利益(内閣府)


 

内閣府の「日本経済2021−2022」は超金融緩和政策のもとで企業が取った行動を次のように分析しています。

 

1、借り入れを組み替えて財務体質を強化し、経営の合理化を進めた。

2、海外M & A、海外での設備投資などを積極的に実施した。

3、固定費(人件費・減価償却費・その他の固定費)を削減して、企業収益を改善した。

4、労働分配率を低減し、国内設備投資を抑制して、配当金と利益余剰金を増加させた。

5、ただし、人件費と国内設備投資の抑制は、成長と分配の好循環を弱めた可能性がある。

 

企業の分配・支出と貯蓄の動向(内閣府)


 

労働者と「国民経済の健全な発展」を犠牲にして、束の間の企業救済は達成されたのです。

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参考資料:

(1)「日本の物価が上昇しない隠れた理由」 CIGS 小黒 一正

(2)「インフレ率2%は日本を破滅させてしまう」 東洋経済 小幡 績

(3)「日本銀行が2%の物価目標の導入を余儀なくされるまで」 NRI 木内 登英

(4)「日本経済2021−2022」 内閣府