満州国国境警察隊の金山鎮中隊(黒河省呼馬県)に配属されていた父は、母と3人の子供、そして祖父母のために生命保険に加入していました。

 

ところが、1953年に父の戦死が確認されて母が受け取った保険金は、敗戦後のハイパー・インフレで何の役にも立たなかったのです。

 

母は99歳で亡くなるまで、保険の話には一切耳を貸そうとはしませんでした。

 

 

1936年に成立した広田弘毅内閣以降は戦費調達のため無制限に国債が発行されるようになります。

金融統制によって国債の強制的な消化政策がとられ、償還は殆どされませんでした。

 

1941年には国債残高が国民所得を超過し、敗戦時の1945年8月には国債残高は1,408億円、政府債務残高は約2,000億円(GNPの2.7倍)となり、日本の財政は破綻状態でした。

 

大東亜戦争割引国庫債券:財務省資料

 

このままでは国家財政破綻、インフレ高進、金融システム崩壊の公算大と判断した大蔵省は財政再建のため次の措置をとりましたが、焼け石に水でした。

 

(1)戦時保証特別税(税率100%、193億円)を課し、戦時保証債務を帳消しにした。

(2)国民に最高負担率89%に及ぶ財産税(412億円)を課した。

(3)国民の税負担率を引き上げた。

 

 

1935年対比で1945年の農産物生産指数は59、1946年1月の鉱工業生産指数は26、製造業生産指数は17に低下していたにも拘らず、敗戦処理と戦後復興によって需要と日銀券流通量が急増し、それまでの戦時インフレに拍車がかかります。

 

インフレ抑制のため、1946年2月26日に次の金融緊急措置が実施されました。

 

(1)預貯金等の封鎖:1,357億円のうち945億円が封鎖された。

(2)旧円から新円への強制切り替え:5円以上の日銀券を強制的に金融機関へ預け入れさせ、既存の預金とともに封鎖のうえ、生活費や事業費などに限って新銀行券による払い出しを認めた。

 

 

しかし、激しいインフレは1949年2月にドッジ・ライン(財政金融引き締め政策)が実施されるまで続き、同年までに1934−36年の卸売物価ベースで見ると約220倍、1945年8月ベースで見ても65倍というハイパー・インフレになったのです。

 

さらに国民の生活を困窮させたのは公然と存在した闇市・闇価格(自由価格)で、公定価格と自由価格の倍率は20−40倍にも達しました。

 

 

ハイパー・インフレにより、国民の預貯金と金融機関の保有国債はその実質価値を喪失しました。

戦時中の半ば強制的な貯蓄増強運動と戦時国債消化策に従い蓄積された資産です。

 

(1)預貯金総額:1,954億円

(2)金融機関の保有国債:銀行413億円、預金部344億円

 

国立公文書館資料

 

ハイパー・インフレはさらに、戦後日本財政の重大問題であった過大な戦時国債残高の重圧を瞬く間に解消してしまいました。

 

国債残高のGNP比率は、1944年度末の144%から1949年度末には12%へと低下したのです。

 

 

現在は敗戦後と似たような状況だと言えるでしょう。

 

2022年度末の普通国債残高は1,029兆円になると見込まれ、財政の持続性の指標とされる債務残高とGDPの比率は2.6倍を超えて、主要先進国の中で最も高い水準にあります。

 

さらに、コロナウイルス・パンデミックが収束に向かう中で多くの国が経済運営の正常化を図って需要が急増したが、供給側の混乱で供給が落ち込み、世界的にインフレ率が上昇したのです。

 

そして、2022年2月にはロシアがウクライナに侵攻したため、自由主義諸国はロシアに経済制裁を科し、原油、天然ガス、穀物などの価格が急騰しています。

 

財務省資料

 

2009年のリーマン・ショック後に国債残高が急増しています。

景気対策とパンデミック対策のためほぼ無制限に国債が発行されたのです。

 

その期間は日銀がゼロ・マイナス金利を導入しているので、政府の債務はほぼ無利子です。

例えば、現在発行されている10年利付国債の表面利率は0.2%に過ぎません。

 

      日銀の政策金利

 

財務省資料

 

あたかも日銀が政府に協力しているかのように見えますが、決してそうではありません。

 

日本銀行の目的は「物価の安定」を図り、「金融システムの安定」に貢献することであり、金融政策の独立性確保は日本銀行法で明確に規定されています。

 

また、黒田総裁は財政規律を維持することの重要性を繰り返し述べ、消費税増税にも賛成の立場です。

 

日銀:写真は日銀から

 

日銀がマイナス金利とイールドカーブ・コントロールを頑なに維持する中、世界の中央銀行はインフレ抑制のため大幅な利上げを行い、米国は3.75ー4.00%、EUは2.00%に達していますが、さらに利上げが必要な状況です。

 

日銀の雨宮副総裁は2022年12月2日の国会答弁で、金利上昇時の保有国債の含み損について次の通り試算結果を明らかにしています。

 

日銀の2021年度末の貸借対照表によれば、純資産額は5兆円弱に過ぎず、僅かな金利上昇で債務超過となります。

 

 

 

2021年度の日銀貸借対照表:日銀資料

 

日本銀行は同行の当座預金残高に適用する金利を政策金利と位置付けています。

 

政策金利を1%上げたときに生じる利払い額は、現在の当座預金残高500兆円 X1%=5兆円となり、2020、2021両年度の経常利益2.0ー2.4兆円に対して、経常赤字となる額です。

 

2021年度の日銀損益計算書:日銀資料

 

異常事態下で起きた単年度の債務超過、経常赤字であれば対処の方法はあるでしょうが、正常化の過程で起きる継続的な債務超過、経常赤字の場合は深刻です。

 

通貨と国債は健全な政府の財政や中央銀行の会計に基づいて信用されているからです。

信用を失った通貨や国債がどのような道を辿るかは、いつでも実例で確認できます。

      

      USD/スリランカ・ルピーのレート

 

             スリランカ国債の利回り

 

日銀の黒田総裁は金融緩和の出口戦略について国会で何度か質問を受けており、「簡単ではないが、市場の安定を確保した出口戦略は十分可能と思う。」と答弁しています。

 

黒田総裁は東大法学部在学中に司法試験に合格し、大蔵省入省後にはオックスフォード大学に留学して経済学研究科修士課程を修め、国際金融局長、財務官を務めたエリートです。

 

退官後は、一橋大学教授、アジア開発銀行総裁を歴任し、2013年3月に第31代日本銀行総裁に就任しました。

 

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自信に満ちた黒田総裁には、私たちには思いも及ばない戦略があるのでしょう。

 

しかし、母が耳元で囁いています。

「国を信じては駄目。自分の判断に従いなさい。」

 

日銀に俊才黒田総裁はいても、内閣に彼に並ぶ俊才がいるとは聞きません。

さらに、黒田総裁の任期は来年4月で満了し、29.1兆円の臨時予算など政府の国債発行は加速しています。

 

写真は内閣官房ホームページから

 

折しも、2024年度上期からの流通に備え、今年度から新通貨の製造が始まっています。

 

預金封鎖、新円切り替えの準備は整いつつあるのです。

 

日銀資料

 

参考文献:敗戦後日本の巨額の戦時国債はどのように処理されたのか

     中央大学経済学部 関野 光男