VTRが終わりスタジオからの映像に切り替わると、アナウンサーのKは正面のカメラを見据えながら、一言二言と口許から何か言葉が発していることが分かる。それは、こちらが聞き取れないくらいの小声で何かを伝えようとしているようだった。視聴者はみな拍子抜けした感じを受け、続いて少しだけ不安な気分になっていた。
音声が正常な状態になると、まるでNHK解説委員にでもなったつもりでいるのか、ニュースについての個人的な見解を述べているような彼女の姿が。アナウンサーなのにこんなことを言って大丈夫なんだろうかと、ちょっとしたハプニング映像を見て得した気分に私はなる。
コメントを正面のカメラに向かって喋り続けるKの周りに、三人の男女が現れる。黒いTシャツやトレーナーに下はGパン。腰のベルトには複数の小物入れがぶら下がっている。私はあれがADなのだろうということを理解する。民放の特にお笑い番組でADがいじられ半分に画面に映る場合、大体ああいった格好をしていたのを思い出したからだ。
三人は全員が立った状態でアナウンサーの周りを取り囲み、各々が髪の毛や化粧をチェックしたり、服装を整えつつほこりなどを払っていた。一連の作業の様子がずっと画面に映りこんでいた。まるで出演寸前の待機中タレントの風景を映したみたいだと思ったが、服装を手直ししているスタッフはカメラに映っている自分の姿には関心がないのか、全く気に留めていないように見える。
画面に映ることがあらかじめ想定されている場合は黒子の格好になるはずではなかったか? 彼らの様子を見ていると自分の姿がカメラには映らないことを確信しているのだろうかと、そんな考えすら頭の中に浮かぶのだった。
どうやら自分たちスタッフがアナウンサーの姿をとも、放送を半分以上はカメラに見せる、といった内部のルールさえ守っていれば良いらしい。
俯いた表情は目を閉じているように、それでも長い睫毛が時々動きを見せる様子には沈黙を誘おうとしているとも、あるいはいくらか妖艶な雰囲気すらある。まばたきをしていることがこちらにも微かに理解出来た。
現在読み上げている先ほどのニュースについての原稿は、口調は普段のニュースを読むときと全く同じ調子と言えるかもしれない。抑揚の押さえられ落ち着いた感じはアナウンサーに求められる平均的な話し方だったが、その内容をよく聞いてみるとやはり解説委員よろしくなかなか的を射た発言をしているなと、私は少し感心したのだった。
僕のような人間であっても、ある程度の年齢に達すれば何らかの仕事をしないわけにはいかなくなる。またはそのことに気づく。
今までにいくつかの職場を経験してきた。長くて五年半くらい、短ければ一ヶ月といったところか。楽しみつつも自分にしては長く勤まった、アルバイトの貴重な記憶が胸の内を様々な糧となって巡りもすれば、如何ともし難い上司の元で仕事も碌に覚える前に辞めた(クビになった)正社員もあった。
ともあれ、現在のこの地点にいるということは、連綿(おそらくボロ綿に違いない)と続く過去と呼んで差し支えないものが一応曲がりなりにも存在していた証でもあり、つまり過去を振り返るのならばあらゆる物事には始まりというものがある。
今回語ってみようと思う事柄は仕事始めについてだ。それは一般の例に漏れず、学生アルバイトからの始まりを見ることになる。