下の画像は俺が所有するシーケンサーYAMAHA QY-70。要はシンセです。譜面にドラムとかを入力すれば自動演奏してくれます。DTP(コンピューターで音楽編集)により、コンピューター1台で何でも出来るようになった昨今、ちょっよ時代遅れの製品です。でもとりあえずあればドラムパターンとか考えられるので楽。これはメンバーに曲のイメージや全体像を伝えるのに便利でしかもレコーディングの際にはドンカマとしても使える。実際、CREEPOUTの録音の際もこれが大変 役立った。

DFP


こいつを前回帰国時に日本から持ってくるのを忘れた!フィリピンで買うと例のごとく高い。買いなおすのも嫌なので日本から発送してもらう事にした。


Angelito Martinez

Angelitoです。

金曜夜は夜遊び三昧。QUEZON市TIMOG地区のクラブを2件回った後、MAKATI市にあるFIYAMAというクラブへ流れた。ここがまた凄い。まず入場料がP500という事で、これだけで普通のフィリピン人の日給が吹っ飛ぶ。そしてそこで遊ぶ人々もハイクラスと思われる人ばかり。女の子も芸能人みたいな子が山ほど…。もう、不細工入場禁止みたいな雰囲気です。俺はハイクラスでも男前でもないので毎週は行けないが、うるさい割には落ち着けるクラブなのでお金と時間と同行者が居ればまた行こうと思う。


土曜夜は先週末に引き続きOLDSCHOOL STUDIOへリハーサルに行った。既存の7曲についてはかなり良い仕上がりになっている。新曲2曲は入念なアレンジが必要といった所だ。問題のスタジオでの音作りに関してもギター双方の音量及び音質、特にミドルレンジをブーストする事により多少改善した。


そして何と今回、俺の作った曲が採用されそうな雰囲気だ。かなりヘヴィメタリックな曲長で今迄のDFPの既存曲とは一味も二味も違った趣だ。来年頭には完成させられると思う。可能であれば歌メロと最高にフロアが沸くモッシュパートを入れたい。フィリピン人メンバー達とミーティングをするたびに「俺らが目指すべきハードコアはダンスミュージックであるべきだ。まずはお客さんに踊ってもらって何ぼだ。」と口を酸っぱくして言ってきた事が晴れて受け入れられそうだ。歌詞はVocalのJayに任せた。彼は英語が非常に達者でボキャブラリーの幅も広いので楽しみだ。


先週はジャックコークにやられ泥酔してしまったので今回は練習後の宴は無し。代わりにスタジオ外で軽くミーティングをした。

DFP

安い携帯で撮影したため画像が悪いがご容赦願いたい。

俺を含めメンバー全員メタボですが何か?

良いじゃん、全員タフガイっぽくて。

ちなみに写真左からJay(Vocal)、 Harry(Drum)、スキンヘッドのBryan(Bass)、右がギターのRyan。ブライアンはストレートエッジなので肉を食わないがメタボ。そして目がクリっとしていて、往年の悪役プロレスラー、アブドーラ・ザ・ブッチャーに似ている。


次の土曜もリハ、そして来週水曜は念願の初GIG in the Philippinesです。

漢の生き様見せます。


Angelito Martinez

下記は先日のバンド内ミーティングで議題に出た話。

DFP


DEATH MARCHをご存知だろうか。
死の行進と呼ばれている、かつて大日本帝国軍がした(とされる)捕虜に対する虐待行為だ。
内容は…簡単に掻い摘んで説明させて頂くと

当時フィリピンはアメリカの占領下

日本軍に押された米軍のマニラからの撤退、日本軍のマニラ占領

マッカーサー、オーストラリアに撤退

軍島、コレヒドール島を日本が占領、7万人以上の米比軍の捕虜が発生

捕虜収容所まで長い道程を行進

その間にマラリア、飢餓などで7,000-10,000人死亡

これが通説。
そしてこれが後に、日本軍のした残虐行為として世界各国に周知される事となる。


中学生の時分、Tという国語教師がいた。彼は国語教師なのに、授業の何時間も割いて、教科書を使わずに何故か独自に作成したプリントを用意し「関東大震災後に日本の自警団が在日朝鮮人を大量虐殺」というテーマで教壇に立った。今考えるともろ日教組なのだが、その当時は何も知らないから「昔の日本人って最悪だったんだな。外国に対して悪い事してたんだな」くらいに思ってた。しかし大人になって様々な文献やウェブサイトで掘り下げて調べていくうちに、やれGHQだ、プロバガンダだ、日教組だ、などの知識も入ってきて、歴史は両サイドからの検証が必要だと思い、あの教師の教えた事があまりに偏り過ぎていたのではないかと感じた。


今も彼はあの授業を続けているのだろうか。俺にはまだ子供はいないが、もし俺の子にそういう先生が付いたら断固糾弾する。

罪悪感は持って然るべきである。残虐的に人殺しもしたし、日本兵が「冥土の土産」と称してアジア諸国の婦女をレイプもしただろう。


でもそれが戦争です。

奇麗事だけを言う事は絵に描いた餅です。

前置きが長くなったがフィリピンのハードコアレーベルでDEATH MARCH PRODUCTIONというのが存在し、イベントを打っている。 そこで俺はバンドのメンバーに相談したのである。「俺は死の行進で極悪な事をした(とされる)日本人の子孫だから、そのイベントに行くのを懸念している。お互いの歴史観があるから無用なトラブルに巻き込まれると厄介だ」と。ヴォーカルのJay君が「過去は過去だから気にしないで一緒に行こう。だれもお前を差別しないから」と言ってくれた。

上記の死の行進にもアメリカサイドからの見方だけでなく、当時の大日本帝国側から見ればまた違って見えてきて、あの行進が単なる虐殺行為と一言で片付けられなくなってくる。

バンドのメンバーはもちろんフィリピンでアメリカナイズされた教科書を使って教育を受けてきたのだから、それは知らないであろう。 いつか説明しないといけないかな…。でもそれをすると大東亜共栄圏やらABCD包囲網の話やら全て話さないといかん。んー面倒臭い。マンダム。


日本でこれを言ったら完全に右翼扱いですね。

自分ではそんな事はないと思ってます。ただ心の中にあるのは、我々の祖父母が今の我々の生活基盤を築いて下さったという事実を無視するような売国奴だけにはなりたくないという事だけ。日本の外にいるから日本が余計にいとおしいし、フィリピンはグローバライズされているから色んな国の人に会え、日本(人)の特殊性や、ずっと日本に居たら気付かなかった事も多く見えてくる。

過去は過去として、俺を大事に扱ってくれるフィリピン人のバンドメンバーに、ただただ深く感謝し、幸せに思う。
そして俺がこうやって生きていられる今日の繁栄の礎となられた日本の先人達を超リスペクト。


初ライブが迫ってきました。
今週末も練習です。


Angelito Martinez