何かを学ぼうとするとき、見よう見真似で取り組むことがある。
誰かの姿を見て、自分でもやってみる。しかし、そう簡単にはうまくいかない。
そもそも、人を見て学ぶというのは時間がかかるものだ。忍耐も必要になる。何度も真似をして、失敗して、また観察する。その繰り返しの中で、少しずつ理解が深まっていく。
だから、見よう見真似は時間をかけてもいいのだと思う。
私たちは、つい早く成果を出そうとしてしまう。しかし、人生にはそう簡単に答えが出ないことも多い。
例えば、フェルマーの最終定理。
この難題に人生をかけて挑みながら、答えにたどり着けなかった数学者たちがいた。
では、彼らの人生は不幸だったのだろうか。
私は必ずしもそうではないと思う。
もしかしたら、答えに近づいているのではないかという高揚感や、難題に向き合い続ける時間そのものが、人生を豊かにしていたのかもしれない。
何かを追い求めるということには、それ自体に価値がある。
だからこそ、自分が目指したいものを見つけたら、まずは取り組んでみればいい。
近くに目標となる人がいるのであれば、その人をよく観察し、見よう見真似でやってみる。
仮説を立てて、行動して、また考える。
最初から理解できなくてもいい。すぐに成果が出なくてもいい。
時間をかけることでしか見えてこないものがある。
大切なのは、早く答えを出すことだけではなく、答えを追い求める時間を生きることなのだと思う。