物事を理解しようとするとわからないことだらけだ。なんであれは上手くいったのか。何が起こっているのか。理解できない、解釈できないことがある。
私がお世話になっている日野先生が主宰している明鏡塾、一般の方が集うワークショップも理解できないことが起こる。そして、パニックになる。だからといって「〜についてわからないことだらけ」というのは決して考えの放棄にはならない。それは何かを理解していくことの出発点になるのである。そのためにも、まず体験するということが大事になるのだろう。それはよく「わからない」を体験してこそ、「わかる」の入り口に立つのだろう。それは明らかな一歩なのである。