皆さま ごきげんよう

まず、 「靖国神社」の歴史から ・・・

昔、 「東京招魂社(しょうこんしゃ)」と 呼ばれていました。

招魂社は 明治維新前後 (大政奉還は1867年、1868年が

明治元年)から 、 また以降に 国家のために 殉難した英霊を

奉祀した 各地の神社なのです。

招魂社の本殿は 明治5年に 創建されました。

明治7年(1874年)、 1月27日に 明治天皇が初めて

東京招魂社に参拝された折に お詠みになられた歌、


『我国の 為をつくせる人々の 名もむさし野に とむる玉かき』


この御製からも おわかりのように 国家のために

尊い命を 捧げられた人々の 御霊を慰め、 その事績を

永く後世に伝えることを 目的に創立された神社です。

そして、 東京招魂社は 1879年(明治12年)に
 
明治天皇により 「靖國神社」と改称されたのです。

「靖国」という社号も 祖国を平安にする、平和な国家を

建設する、 という願いが 込められているのです。

また、 地方の「招魂社」は 1939年(昭和14年)に 「護国神社」と

改称されました。

そういういきさつがあるので、明治末期になっても 「靖国神社」という

名称よりも、 「招魂社」という名で 庶民には親しまれていたのです。





靖國神社では 年に2度 春(4月21日~23日)と

秋(10月17日~20日)に 例大祭が 執り行われますが、

あまり 縁のない方々の為に 知って頂きたく、

今日は 筆をとりました。

先日、 今年の靖國神社 秋季例大祭の 当日祭に

参りましたことは 私のブログで ご紹介しました。

今回は その 「当日祭」の 式次第を 少々詳しく

ご紹介したいと思います。

 

靖國神社 秋季例大祭 當日祭 祭 式次第

十月十六日 参籠(さんろう)

            (神社に仕える為、 清らかな生活をします。)

十月十七日 午後三時 淸祓(きよはらい)

         午後七時 靈璽(れいじ) 奉安(ほうあん)祭

十月十八日 午前十時 秋季例大祭 當日祭

         
 

                                   
時刻    参列諸員 拝殿 所定ノ座ニ 著(つ)ク

            (ご参拝する方々(崇敬者、ご遺族、国民(おうみたから)、 
             全員 お席に着くこと。)

午前十時 宮司以下 本殿 所定ノ 座ニ 著ク

             (徳川康久宮司様 他 神職の方々全て お席につきます。)

先ツ    國歌ヲ 斉唱ス

            (皆さん 起立して 国学院大学吹奏楽部員の演奏のもと
             国歌を歌います。)

次     宮司内陣ノ 御扉(みとびら)ヲ  開ク

次     權宮司以下 神饌(しんせん)ヲ 供(きょう)シ 初獻(しょこん)ノ
       神酒(しんしゅ)ヲ  奠(てん)ス  
     
                          (神饌(しんせん)とは、 日本でとれる
                           酒、                  
                           米、   
                           餅(鏡餅)、                          
                           魚 (鯛、 平目をはじめ、 色々な魚)  
                           海菜(かいさい)(昆布、 ワカメ、 海の幸など)、
                           野菜( 根:大根、人参、 ゴボウ、 蓮根など、
                                    菜:白菜、キャベツ、ほうれん草、チンゲン菜など、
                                    実:トマト、 きゅうり、 ナスなど)、
                           菓子、
                           果物 (りんご、 柿、 みかん、 メロン、 バナナなど)
                           初獻(しょこん)とは 三回差し上げる 最初の神酒

 
次         宮司 祝詞ヲ 奏(そ)ス

次          權宮司 ニ獻(にこん)ノ 神酒ヲ 奠(てん)ス

            (「權」とは、 宮司に次ぐ 神職)
               (先日、 高円宮典子様と 御結婚された出雲大社
                      神職・千家国麿氏は 禰宜(ねぎ)から 權宮司に
                なられたのです。)

午前十時三十分  勅使 御幣物ヲ 奉(ほう)シテ 参向 本殿 所定ノ 座ニ
            著(つ)ク

                     (天皇陛下の勅使が 衣冠束帯装束で いらっしゃり、
                            上から 掌典職は黒、 次の典(補佐)は青、
                            職(長)は朱、 その前後に 靖國神社の白装束の
                            神主が ついて入られます。
                            楊(やない)箱(柳で 出来た箱)で 御幣物が
                            届けられます。
                            御幣物とは、 五色布(青、黄、赤、白、黒)の
                            正絹の反物)
                      
次            宮司 御幣物ヲ 神前ニ 奉奠(ほうてん)ス
                     
次          勅使 御祭文ヲ 奏(そう)ス

                           (微音(びおん)(聞こえない程の声)で 
                            祝詞(のりと)をあげる)

次       宮司 御祭文ヲ 内陣ニ 納ム

          神前に納む 
                         
次          勅使 玉串ヲ 奉(たてまつ)リテ 拝禮

                           (本殿に)

次     勅使 隨員 拝禮

次     勅使 下向
              
次          「鎮魂頌(しょう)」ヲ 合唱ス

              作詞 折口信夫    
               作曲 信時潔

                  (国学院大学吹奏楽部の演奏で フェイエル・コール
                              混声合唱団と 共に 参拝者全員 合唱します) 

次             奉頌(しょう)歌     「靖國神社の歌」ヲ 合唱ス

                献納 主婦之友社   
                作詞 細淵國造   
                作曲 陸海軍軍樂隊   

次       權宮司 三獻(さんこん)ノ 神酒ヲ 奠(テン)ス

次            宮司 玉串ヲ 奉(たてまつ)リテ 拝禮

次           特別参列者 本殿ニ 進ミ 玉串ヲ 奉リテ 拝禮

次            崇敬者 総代 本殿ニ進ミ 玉串ヲ 奉リテ 拝禮
                                
次            参列諸員 次第ニ 本殿ニ進ミ 拝禮 畢(おわ)リテ 退出ス

                         (拝禮 終了 凡(およ)ソ 十一時二十分頃)

                           (続イテ  一般遺族 崇敬者 昇殿 参拝)

午後三時 宮司 御幣物ヲ 徹ス

次              權宮司以下 神饌(しんせん)ヲ 徹(てっ)ス

次              宮司 内陣ノ 御扉(みとびら)ヲ 閉ツ

次              各 退下



十月十九日 午前十時 秋季例大祭 第二日祭

十月二十日 午前十時 秋季例大祭 第三日祭
            午後六時 直會(なおらい)
        
        (直會(なおらい)とは お祭を終えたことを 神様に感謝し、
          神様からの神酒を いただくこと。)




靖国神社の隣には 「遊就館」があります。 (H.P.より)

「日本の武の歴史」として、 ご創建以来、 靖國神社が

収蔵している 絲緋威梅金物大鎧をはじめとした 武具甲冑、

日本刀などを 時代の流れに沿って 展示。 

古代から江戸時代に至る「武の精神」を

表現する、これらの刀や武具甲冑の機能性や

装飾の返還を ご覧いただけます。

「明治維新」、 黒船来航・志士の奮起・安政の

大獄・桜田門外の変・戊辰戦争として、 我が国が

近代国家としての 起訴を固める 幕末から 戊辰戦争に

至る時代についての展示をしています。、

吉田松陰、 坂本龍馬をはじめ、 靖國神社の御祭神と

なられた志士に縁の品々、 また 戊辰戦争において

使用された錦の御旗や その当時の様子を 今に

伝える絵画など、 多くの史・資料を 展示しています。

また、 大東亜戦争で 亡くなられた方のご遺族より

奉納されたご遺影が 壁面に掲げられていたり、

他に 亡くなられた 日本軍の兵士たちや

特攻隊員の ご両親や 妻、 子供、 家族に宛てた

遺書、 手紙なども展示され、 その場は

涙なくては 通れません。

関東大震災(1923年)では 10万5千人、

原子爆弾(1945年)で亡くなった方は

広島、 長崎で 約21万人、  と言われていますが、

それよりもはるかに犠牲者が多い  大東亜戦争

(軍人 2百12万人、民間人 百万人)の

アメリカの壮絶な 東京大空襲の映像も

見られます。  東京大空襲の犠牲者数は

死亡 8万3793人、 負傷者 4万918人、

被災者 100万8005人、 被災家屋 26万8358戸でした。

雨のように降る 焼夷弾の映像、  焦土と化した東京の

映像が見れます。  日本の方なら グッと きます。





そして、 以前は  「遊就館」に  スカルノ大統領が

1945年 8月 17日 (終戦から 二日目)に 「独立宣言」を

遂げたのですが、 その署名文が 展示されていました。

ここで  大事なのは スカルノ大統領は 宣言文に

西暦の1945年と 書かず、 〝皇紀 2605〟 としたことです。 

〝 ’05  〟と書かれた 独立宣言書。

これは、 日本の全ての人が 知るべきこと。

スカルノは 13年間の投獄、 流刑から  日本の

海軍によって 救出され、 350年間の オランダの

植民地より 独立を 勝ち得たのでした。 

これは、 日本が 侵略国家ではないことを 表しています。
 
独立へと導いてくれたことを 感謝しているのです。

靖國神社へ参拝なさる際、 是非  「遊就館」も

訪れていただきたいと思います。