岡田眞澄さんの息子さんに 一言

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皆さま ごきげんよう

「世界の果てまでイッテQ!」のギリシャロケから戻ったばかりの

初めてみる TV番組で、 ショックを受けました。

8年前、 ファンファンが亡くなった お葬式の時、 長男である

岡田 眞善さんの弔辞を、 聞いていた私は ビンタをくらわしたい

衝動に駆られました。    その時いった彼の言葉、 「父を軽蔑する」  
 
 

そして、 ベッドの中に入ったまま

ビスケットをボロボロと食べ散らかしていた、と

父の姿を話し ダンディで知られる父を 侮辱していました。 



いかなることがあろうとも、 これが 父の告別式の時に言う 長男の

言葉でしょうか?  神が 許す筈がありません。 

私は その時  大変な ショックを受けました。

彼のこの言葉は、 彼の母 みどりさんが言わせているものだと

ファンファンを知る人は 誰もがそう思ったことでしょう。 

岡田 真澄さん(ファンファン)が いかに紳士であり、 心豊かで

素晴らしい人柄であるか 色々なエピソードとともに その魅力が

友人がたに 語られていたばかりの後でした。  ファンファンとの

別れを惜しむ人々は この長男 眞善さんの言葉に 氷ついた沈黙が

会場を包みました。  まるで それを狙ったかのように。  人々の心を

苦しめたのは それら異様な言葉を放った 眞善さんがあまりに

ファンファンに 酷似しているので (実際は 叔父のエリックさんにそっくり) 

尚のこと ヒヤリと 冷水を 背に受けたような 鳥肌立つ思いでした。   

昨夜  公共の電波を使って、彼が ファンファンを冒涜した言葉の数々、

許せないと 思いました。 あの番組を見た 視聴者の方へ、 息子さんの

知らない真実を伝えたいと思います。   我らが愛する ファンファンのために・・・



私と ファンファンとは、私が17才の時からの 友人です。

長く細い そして濃い、お付き合いがございました。 

当時  日本にいた外国人の方々と 隅田川の花火大会へ

船で行った時、 兄のエリックさんと共にいたのが、

岡田眞澄さんでした。 彼はすでに俳優としてスタートしていました。

しかし、 どんなに美しいマスクをしていても 今と違って 混血児ということで

なかなか世間に たやすく受け入れられないという 困難さと斗って

いるようでした。 そして私は インドネシアに渡ります。

彼は徐々に 俳優として名をあげていきました。 大統領が亡くなって、 

パリへ行ってからも 東京へ来るたびに、 私達は 必ず どこかで

会っていました。 当時、 私のドイツ人の ブロンドで青い目の美しいスチュ

ワーデス(大統領専用機)の カリン・フィードラァー(今もN.Y.で健在)も

彼の魅力の虜となっていた一人でした。 私達3人で、よく出かけたものです。 

しかし 私達は いつも東京に居たわけでは ありませんでした。 

ある時、 私達が ショックを受けたのは、 ファンファンが〝 みどりさん〟という

女性と結婚したことでした。 結婚にショックを受けたのではなく、  

〝みどりさん〟という、 あまりにも ファンファンに似つかわしくない人(?)

を選んだからです。 私達の想像を超えた女性 だったからです。  
  
彼に似合いそうな 100人の女性を連れてきても、 みどりさんはその中に

入らない感じでした。  彼女が どのように 〝女性のあこがれの君〟

であった ファンファンを 仕留めたのか 考えも及びませんでした。

何が 彼女と 結婚する気にさせたのか 見当もつきませんでした。

〝この結婚は 続かない、 持たないだろう〟というのが おおよそ皆さんの

意見でした。 それ程 お二人の価値観や ライフ・スタイルの 捉え方が

違っているように思えたからです。  一体 お二人は何を

共有していたのでしょう。 第三者には 到底 分かるものではありません。

しかし 彼の思考と 彼女の思考が 合う筈はないと 皆 思っていました。

ファンファンを良く知る カレンがひと言、 「よりによって、 何故あの女性と!」 

と絶句しておりました。  その後 何年も 人々の間で 何故 ファンファンが
 
みどりさんと結婚したのか、 ミステリーでした。 

それでも私達は、 ファンファンに「結婚おめでとう!」と言いました。 その後

憶えています・・・今でも。    ある時、私は帝国ホテルに宿泊していた時、

何の抵抗もなく いつものように 彼を誘いました。 

そう、 そういう 愉しい共犯者的な お付き合いだったのです。

悦楽を求め、 戯れ遊ぶ〝友達〟とでも言いましょうか。

でもその時、 彼の言った言葉、 戸惑ったように「僕 結婚したのよ」と。 

「そうだったわね」と、 私。 彼を理解しました。 それ位  あのドン・ファンだった

彼が 結婚に真摯に向き合っていました。 そうか、 もう ファンファンと

遊ぶことが出来ないのだなぁと、 淋しくもありましたが

そういう彼の真面目さ に拍手でした。


ところが、一変。 長男の眞善さんが生まれた頃です。 東京へ着いてすぐ

電話をすると、 ファンファンが来ました。 グラスを傾けながら、 お互いに

「どうしてる? 幸せ?」など訊くと 「女の人って 子供産むと 変わっちゃうん

だよね~」と。 「えっ! そんなことないでしょう。  愛と尊敬、信頼があれば」

と私。 「いや、別人のごとく変わるね~」。 「どうしたの?何があったの?」

「う~ん。あまりに〝みどり〟の変わりように 驚いいているよ・・・信じられない」

きいても具体的に言わないので、 「もしかしたら 変わったんじゃなくて、

それが 本当の彼女なのでは・・・・・・・・・?」    美しき 誤解の結婚か・・・

その後、お会いする度に 彼は不幸せそうでした。 そして、「女の人って子供

を産むと、変わっちゃうんだよね~」が口癖、 余程ショックだったのでしょう。

でも、彼は紳士でした。 只の一度も 彼女の悪口を言いませんでしたし、

結婚生活の愚痴も  こぼしませんでした。


しかし、 長男の眞善さんは TV番組で 父を 侮辱・非難し続けました。
 
〝極貧生活であった。 しかし 父は 取り繕って セレブの恰好をしていた〟

     

〝俳優としては 一流、 人としては最低、  軽蔑すべき人間、  嘘つきの父〟

  

〝信じたいと思っているのに 嘘の上塗り、 華やかでセレブな生活は嘘〟

   

〝イメージを守るため セレブ家族を演じさせる、贅沢言わないで ちゃんと

食べなさいと 質素な食事、 ブランド物の洋服は、レンタル、

強要した最も手の込んだ嘘、 高級車偽装〟



〝パーティーや式典に多く出席、運転手つき高級車で 会場入りは 嘘、

実は 愛車は 中古の軽自動車〟 等々・・・・

彼は 可哀想に、 母「みどりさん」の 影響下にがんじがらめの気がします。

 



いいですか、 眞善さん。 時代が違うのです。 戦後のあの当時、どんなに

ハンサムで、 ダンディで、 背が高く、 素敵であっても、 合いの子、 混血児

(今のハーフ)と 日本男子とのギャラの差は 大きかったのです。
 
たぶん彼の 当時の俳優としてのギャラは、石原裕次郎さんに比べたら

100分の1位だったかもしれません。 彼は イメージと 対面を保つため、

秘かに とても苦労しておられたと思います。 

 
 

私には ようく判ります。 パリ時代、 大統領夫人としての対面を保ち、

体裁を整えるため、 私も苦労した経験があるからです。 

番組で テリー 伊藤さんも 言ってました。 「今こそ、 極貧を売り物にできるけど

あの当時は俳優として、 ダンディなイメージを保つための やりくりは、
 
当然 眞善君の非難には 当たらない」と おっしゃいましたが、 

    

正にその通りだと思います。 そんなこと 当たり前ですし

家族の一員、 ましてや長男である あなたも パパを支えるべきでしょう。 

それなのに、 あなた 眞善さんは 弔辞の時に 「ベッドに入り込んだまま、

ビスケットをバラバラ 食べ散らかしていた、だらしない父であった」とか

言ってましたけれど。 そこに夫を 愛をこめて思いやる 立派な妻がいらしたら

そういうシーンは無かったことに 気づいて欲しいものですね。 

また、 こういうことをあなたに 言わせる母とは、いかがな女性でしょう。 

あなたの弔辞。 そして 昨夜の番組での発言をきいて、 

息子に あういうことを言わせるように育てた 母親の罪を感じてしまいました。 

あなたは、 「岡田 眞澄」という 俳優の犠牲者ではなく、 「みどり」という

悪妻・愚母の産物なのかもしれませんね。

私は、その場に居たわけはなく、 全てあなたの発言を元に想像したに過ぎま

せんが、 あなたの母「みどりさん」の 執拗なまでの フ ァンファンに対する

渦巻く嫉妬と どす黒い怒り、 恨み、憎しみが感じられたのは、

私だけでしょうか。  テリー・伊藤さんも 〝(眞善君が) ああ言うのは
 
お母さんと 離婚して 再婚したからでしょう〟と。 

 
 

あなたという一人の長男を、 絶大なる味方として 自分の方に引き付け、 

日本で 多くのファンを持つ俳優であり 〝女性の憧れの君〟であった

「岡田眞澄さん」を 多勢の参列者がいる、 カメラの前での弔辞や、

TV番組を使ってまで、 侮辱・呪わせているのは

いかがなものかと 思います。

一刻も早く、 この呪いから 目を覚まして欲しいと思います。

私は あなた 眞善さんを 気の毒に思います。 また、 可哀想に思います。

私や 多くの人が知っている ファンファンは、 素晴らしい人です。

そして 紳 士でした。 優しく、 思いやりのある、 人の悪口は一切言わず 

人間的に、 大変 立派な方でした。

あなたは、 あなたの父、 「岡田 眞澄」という 一人の男性が、 どんなに

悲しく、 惨めで 不幸せな結婚生活を送っていたか、知らないでしょう。 

そんなことを 我が子に言ったり 人に言うような方では ないからです。 



そんなファンファンが 晩年になって、心から愛する女性に出会い、

女の子に恵まれたのです。 彼女「恵子さん」は 美しく LOVELYで

ファンファンと とてもお似合いのカップルでした。  センスの良さ、

優雅で 乙女のようにロマンティックな 女性でした。 ファンファンが

心を奪われ、 安らぎを覚え、  この人と幸せになりたいと

願った気持ちは 万人に 伝わっていました。 見て取れました。 

彼は 本当に心から 彼女を愛していました。 そして、やっと 憩いの場を

真の幸せを 掴んだのです。 私達は そんな彼を 皆で祝福し、喜んでいました。

すばらしい伴侶と、 愛娘に恵まれ、 やっと愛に満ちた 夢の生活を得た彼が

病魔に襲われました。  まだ幼いお嬢ちゃんと、 愛する奥様を残して

死にいく彼の気持ちを考えると、私は胸がふさがれる思いでした。

ファンファンは 死ぬに 死に切れぬ 思いだったことでしょう。



眞善さん、 目を覚まして下さい。 もう二度と、パパを冒涜しないで下さい。

あなたは、間違っています。 それより  どんなに、 辛く、 苦しく、 イヤであった

あなたの母との 結婚生活に対し、一言も他人に悪口どころか、

愚痴も言わなかった パパを、 見習うべきです。

彼は すべて 胸に秘めていました、 あなた方にも。


貧困だったことを、恥ないで下さい。 今でも 生活の苦しい人は沢山います。

特に戦後は、誰もが それぞれ大変だったのですよ。

ファンファンの兄 エリックさんが 〝AMWAY〟を 手掛けたのも

生活の知恵 だったのでしょう。

父親の生活のやりくりを TV番組で バラして どうするのですか?

高橋 秀樹さんも 売り出しの頃は 食事にさえ 困った話しを 先日TVで

話していました。  北村  一輝さんも、 電車賃節約のため スタジオまで

2時間かかって歩き 2時間かかって家路に着くということを 毎日していたと

TVで話しています。 今は 極貧だったことを 自慢(?)出来る時代なのですよ。

昔は そうではなかったのです。

私は 〝戦争と貧困〟を 経験できたことを、「ラッキー」だと思っていると

私の 回想記に 記しております。 自分の非を認めたくない人は、

往々にして 相手の非を逆恨みして、 責めるものです。 

母の立場からのみ、 父を見ないで下さい。

一度、父のおかれた立場から、あなたの母を見てみて下さい。 

公平な目でものをみて 「大人」になって下さい。 

あなたが 結婚される時に、きっと役立つことでしょう。 

少なくとも、「我が父」を あそこまで言うのは、 あなた自身を

「貶める」だけに すぎないということに、 気づいて下さい。

それに きっと 彼は 良き夫、 良きパパでも あった筈です。

彼は 意地悪いことなど 出来ない人ですから。