私のブログに寄せられましたメッセージを、
再度皆様にご紹介申し上げます。
(承諾を得て掲載しております)
沢山のメッセージをいつも有難うございます。
『デヴィ夫人が記事として綴った裁判員制度に対する日本人の無責任さ、
官僚制度に疑問を抱かない国民。
それは私が常々心に思う部分であり、苛立つところでした。
官僚制度の実態を見てみたく、国家機関へ勤めに行ったこともありました。
内部にいると彼らの仕事の良くないところばかりが見えて、
民間企業(主に外資)で社会経験を積んできて、
実力主義の中に身を置いていた私には信じられない光景でもありました。
そして、いまそれを是正しないことには、
日本は国際社会で渡り歩いてはいけない気がします。』
『「かんぽの宿」の件、非常によくわかりました!!
あの一件には、「税金の無駄遣い」という私たちにとても関係する
問題があったのですね。ニュースなどで軽く耳にする程度では、
きっと私はこれを気にも留めていなかったでしょう。
またこのブログを拝見し、郵政省についても興味が沸き、
私の見聞、知識欲を高めて下さって、本当にありがとうございます!』
『利恵さんの事件は目や耳を覆いたくなるほど痛ましい事件です。
でも決して他人事のように、事件を時間の経過とともに過去の出来事と
して忘れてしまってはいけないと思います。どうしてあれほどひどい人間が
今の今まで何事もなく生きてこれたのでしょうか。
この犯人に死刑が下らなければ、
日本の司法なんて何の意味もないと思います。
どれだけの恐怖と苦しみと痛みの中で亡くなられたのかと思うと、
心が痛くて痛くて泣いてしまいます。』
『「神様?...笑わせないでいただきたい。
神様がいたなら、何故この利恵さんを救えなかったのですか?
神様は人の心の中にいるだけなのです。
悪魔も同居する人の心の中にです。」
というお言葉に大変共鳴いたしました。
人間が裁かなければ、誰が裁いてくれるのですか?
この母子の人生を死刑反対論者の方は
『神様が与えられた宿命だ』
とおっしゃるのでしょうね。
じゃあ、あなたが変わりその宿命をおえば良いのです。
世の中、自分の立場に置き換えて物事を考えられない
人が多すぎます。犯人も同様に。。。。』
『日本の死刑制度は変わるべきだと思います。
何故なら、今の日本はまだまだ被害者では無くて
加害者側が守られている傾向にあるからです。
被害者は殺されているにも関わらず加害者は
死刑には成らないという事事態がおかしいのではと思います。
一人でも殺したら死を持って償うという事は当然では無いでしょうか。
考え方によっては、殺された人の家族の心も
殺されてしまうわけですから。死刑では無く無期懲役や
20年程の刑で済むのだとしたら、食事を摂ったり睡眠をして安らいだり
労働する事が出来るわけですから。
被害者は食事も睡眠も労働もしたくても二度と出来ないのです。
さて話は変わりますが。デビ夫人のブログ記事の中に
「日本の方たちがこうした事に怒りを表さないことです。
ちょっとブツブツ言う位で何か自分たちとは関係ないと
放っておいている感じです。日本人でいつの頃からこんなに
無気力になってしまったのでしょうか。
いい気になっている官僚も官僚ですけれど、
それを許している国民もだらしないことですね」
とありますが、ごもっともです。私自身も当てはまります。
官僚を甘やかしているのは国民だと思います。
でもいくら良くなってほしいと願ってもそれを表す術を知らないのです。
他力本願な所もあるのは確かだと思います。
ですが、電話で問い合わせて、こうしてほしいと言ってみても
それが通じますか?相手にされないのがオチです。
もっと国民が影響力のある場で意見が出来るようになれば良いです。』
『いきなり我が儘なお願いなんですが…僕はAIDS啓発団体とは別に
(AIDSの検査)を伝える活動(性)発育カリキュアムという活動を
少人数でしております…もし良ければデヴィさんの日記の
一行でも構わないので(検査)に行く様に伝えて頂けたらと…
未然に防げる命、僕は精神疾患で 2年3年と未来がありません。
その中で少しでも1人でも未然に防げて生きれる命が
ある事を伝えたいと…ごめんなさい。
口にしにくい未だに偏見のあるAIDSという言葉で
無理知恵は致しません。現在デヴィ夫人の方の力(検査)の
大事さを伝えればと願っております。一度検討して頂けたら幸いです。』