『この世界の片隅に』
広島市江波の海苔梳きの家に育った浦野すずは、絵を描くことが大好きなのんびり屋の少女。
兄の要一(通称鬼いちゃん)、妹のすみと両親の5人で質素ながらも幸せに暮らしてきた。
ある日、北条周作という青年が、すずを嫁に迎えたいといって浦野家を訪ねてくる。
周作のことを初めて見る人だと思うすずだが、まだ記憶も定かではない幼い頃に、周作とたった一度だけ出会っていた。
日本が第二次大戦の戦時下に、広島から軍港・呉の北條家に嫁いだすずの夫婦生活が始まる。
真面目で優しいが、周囲から「暗い」と言われることを気にしている夫、周作。
いつも厭味を言っているけど、まんざらすずのことが嫌いでもなさそうな、娘を連れて出戻ってきた義姉、徑子。
すずに懐いて、いつも一緒に遊んでいる徑子の娘、晴美。
足が不自由で、ずっと家で寝起きしている義母。
いつもは存在感が薄いが、こと化学に関係することになると話が止まらない義父。
そんな北條家の面々に愛されて、すずは徐々に呉の街に馴染んでいく。

『夕凪の街 桜の国』に続いて、こうの史代が戦時下の広島を舞台に描く人々の日常。
小さなことでも楽しみを見つけることができる主人公のすずは、大人になってもそれは変わらず、戦時下でも天真爛漫である。
子供の頃に淡い恋心を抱いた相手と再会したり、周作と何らかの関係を持っている娼婦と出会ったりしても、できるだけ自分に正直に生きていこうとする。
戦争中の日本といえば、「欲しがりません、勝つまでは」という辛く厳しい言葉が頭に浮かぶ。
戦争中に生きた人々が不幸なことばかりだったのか、常に悲しみと苦しみばかりに満ちていたのか、と考えてしまうけれど、民衆はそれなりに楽しみを見つけて暮らしていたということが良くわかる。
生活の豊かさではなく、心の豊かさ。
約65年前の日本で、健気で懸命に生きている人々の日常が、ほのぼのと描かれている。
何より、すずと周作の夫婦関係が見ていて楽しい。
北條家の面々とすずとのやりとりも声を出して笑ってしまう。
こうの史代が描く作品は、説得力のある筋書きと、トーンを使わない丁寧な描写が、時間と風景を柔らかく切り取る。
構成も非常に面白く、読む度に新しい発見が出てくる。
全く戦争の描写がないわけではないし、悲惨な事件もやはり起こる。
でも、そんなことばかりでは人間生きることはできない。
この作品を読んで我々の祖父母たちは、こんな小さな幸福をかみ締めて、ささやかながらも笑って生きていたんだなと少し安心することができた。

先日ドラマ化されて放送されていた。
主人公のすず役の北川景子は、最初ミスキャストかと思えたけど、できるだけ原作のイメージを崩さない純朴さを伝える好演だったと思う。
ただ、すずが怪我から目覚める場面から始まる脚本は、原作の『戦時下でのほのぼのとした生活』からほど遠く、最近の映画に多い感動モノと同じ作りである。
2時間余りで終わるドラマなのに、大河ドラマと同じようにクライマックスから始まる必要性があるのか?
とことんユーモアの部分が削除されていて、せっかくマンガが原作というのに面白さが伝わらない。
オリジナルはお涙頂戴の甘さギリギリのところで、シニカルな笑いが含まれていて一層深みがあるのに、ドラマは無理やり感動させようとしている。
それと広島にある、すずの実家のエピソードが全て削除されていて、原爆投下のショッキングさが伝わらない。
せめて2夜連続で前後篇として、のんびりとしたイメージを残してほしかった。
これを書いている最中に、BSプレミアムで放送されていた、
『父と暮らせば』(監督:黒木和雄 出演:宮沢りえ 原田芳雄)
も、原爆投下3年後の広島を舞台にした素晴らしい作品である。
このくらいのクオリティで製作してくれたのなら、傑作となるはずだったのに・・・
ドラマを見て面白いと思ったのなら、原作を是非読んでほしい。
ただし、こうの史代のイラストはクセがあるので受け入れられるのなら、というところかな。
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