†中二病妄想世界† -9ページ目

†中二病妄想世界†

✖血と涙は全てを流す
✖世は求めるほど遠ざかる

「趣味」というのは、時々浪費になる。

小さい時から子供にいろいろ試させるため
色々な「趣味」をさせて
本を読ませて絵を描かせてピアノかヴァイオリンかを弾かせてサッカーか野球かをやらせて…
この子は好きになるかも、
この子は才能があるかも…
って。

そして、その「試すプロセス」の中、一体どんな物を消耗されるのかい?
用具とお金と時間。

子供の場合は別にしろう。
大人になったら、どう
可能性なんてもはや予測できるはず
しかし、「試さなければ分からん」って理由で
その消耗を続けている

ちょっと思い出せば、三日坊主の「趣味」はどれぐらいあったかい。
一体どれぐらいかつて「試したこと」今までもやり続けるのかい。
ちょっと考えばすぐ分かるだろう。

現在にも将来にも役に立つようになれない趣味は
これは「趣味」じゃない、ただの「試したいこと」。
結局ゴミになること
試した後「やはり才能がない」「これだけか」って結局どうでもいい位置に置かされる
あるいは途中で「続けても無意味だ」と覚めて、結局やめること

むやみにやれば
興味があっても、生かせなければいずれゴミになる。
生活に役に立てなければいずれ諦めるようになる。

結局、試していた間に使ったものは全部もったいなくなる。

まあ、どうせ「せめて試した」と思っている余裕がある人間がいるから。
以上はただの個人論にすぎない。
きっと、ストレスのせいだ。

ストレス。
すごいストレス。。。
急に。
ストレスに襲われた。
何のストレスか。わからん。
いろいろに迫られてる気がしてる…
息がすっきりできないように…

レポートかテストかプレゼンテーションか
ストレス。

帰りたい。
帰っても孤独だと分かっても…
母さんに会いたい。
友に会いたい。あの子たちに会いたい。

逃げたい。

ここの虚しさから逃げたい。
自分の虚しさから。
寂しさから。
弱さから。

逃げたくてならない。

何ものから、か。


死ぬ、と。
すべてを捨てる覚悟があったらなぜ自分を死ぬまで迫ることを変えに行かないのか!
死ぬ勇気と活きていく勇気と比べるととんでもないもの
お前が自ら死を選べられると
どれほど贅沢なことだと知ってるのか
どれほどの人が明日を望んでいると
明日にも活きたいと祈っていると
知ってるか