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†中二病妄想世界†

✖血と涙は全てを流す
✖世は求めるほど遠ざかる

この人とは価値観が合わないと思ったとき ブログネタ:この人とは価値観が合わないと思ったとき 参加中 
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価値観と言うと、「価値観」の意味はもともと人によりけりだと思います。

それについては、お金の場面で考えば結構はっきりです。
何人の友だちと一緒に買い物に行って、同じ物を見ても、
「わっ、高いー」と「あっ、安いー」って、
これはいかにも明白な現実です。(^_^;)

こんな場合で、実はみんなもよく分かっています。
わざわざ言うことはないでしょうと思っているじゃないですか?
価値観の差異は様々です。

成長過程と環境によって人の価値観も違いになります。
価値観が異なるから友達になれないでしょうか。
そいうわけですかも知れません。
価値観によって、考え方ややり方なども異なります。
時間に従って互いの差異もどんどん気づきます。

必ずしも友達になれないとは限らないけれども、
親しい友達になるのは多分ありえないでしょう。
習慣すはごく恐ろしいものだと思う。

慣れてしまったら辛く、
いつか失うことに。
慣れてしまったら悲しく、
すっかり失った時に。

人との付き合いに対するには違いないと思う。
仲良くなるほど別れるときに悲しくなることが分かったには分かったが、
人間は完全に感情を取り除くことは無理だろうと思う。

たとえここは帰る場所じゃなく、離れる日が必ずあり、
別れる日が必ず来ることが分かっているとしても、
取り除けないだろう。

実は、そうしたくないと思っているかも。

慣れないより、そのほうがいいかもと思っているから。
少なくともそれこそ人間であるから。

いつの間にこうなった。
気がづいた時もういつも一緒にいる。
一緒に笑って、遊んで、話し合っている。

別れる日がどんどん見えるようになってくるうちに、
迷う感じが強まっている。

まもなく、一緒にいられなくなるのか。

そう思ったと、自分は慣れたと気づいた。
自分のそばに彼らがいることに慣れていた。

一旦習慣になった上、そのまま連れて行って、
「彼らといつもそうやっているから」という感情をつい持ってしまう。
一旦その「習慣」と異なる友達にあって、
自分も傷づく。

しかし、何か言っても、悲しくならないように誰とも交わろうとしないのも、
これも苦しいじゃんないか。
結局、慣れずにはいられない。
更に、別の習慣になるかも。

だから、恐ろしい。
NHKのアニメ「ガッ活!」を見た。
とても面白いと思う。
一見すると、ちょっとばかばかしいと思われるかもしれないが、
いつも意味深い話だと思う。

第6話を見てから、特に深刻な回だった。
「人はいつだって勝手に自分の限界を決めてしまう」
というセリフがある。

夢なんていう話は人々に腐るほど討論されてきたかも。

でも、ここに僕はこういう考えが浮かんだ。
夢を果たそうとしないって事と
夢がないって事とは、違うと思う。

夢があるけど、自分自身の状況や立場などによって
夢を諦めるとか途切れるなどの事もありがちである。
人生は願いどおりにうまくいけるものじゃないから。
一人としても一人じゃないというわけだ。

限界が見えなくても確かに存在する。
夢だといっている以上、できる限り諦めたくないはずだと思う。

とは言え、本当に誰でも自分の夢を見つけられるのか。

別にやりたいことがないし、自分が何をしたいのかなかなか分からないしって言って、
こんな連中が僕の周りにもよくいる。
社会に与えられた道に沿って生きているだけだ。

だから、もう夢であるかどうか関係がないだろう。
もともと夢なんて持っていないんだから。

夢を持っているだけでも、ずいぶん幸せだと言えるかも?