ピーンポーン…―――。
あれ?
お母さんいないのかな?
どうしよう…。
「えっと…・。しお、とりあえず入ってみよ?」
剣悟に言われて私は玄関を開ける。
……―――。
シン…と静まり返った家。
「ただいまー…お母さん…?」
私たちは靴を脱いでそのままリビングに入った。
その間も、入ってからも、人の気配はまったく感じられない。
剣悟に「どうしよう…」と目で訴えた。
でも剣悟は私ではなく、私の後ろを見ている。
「え?」
振り返ると…「お母さん…。」
でも、お母さんはどこも見ていない
ただボォーっと立っている。
「ただいま。話が…あるんだけど…いい?」
私たち三人はリビングのソファーに座り、お母さんに剣悟を紹介してから
剣悟に本題を話してもらった。
「美香さん…。単刀直入に尋ねますが…あなたはもうこの世界には
いない存在ですよね?」
さすがに直接過ぎる質問だと思ったけど、お母さんの答えを黙って待つ。
「…えぇ。そうよ。」
え…。やっぱり本当だったんだ…。
本当に…死んじゃったんだ…。
でも、なんで今…ここにいるの?
そう聞こうとしたら…。
「詩織の言いたいこと、分かってるわ。なぜここにいるか、でしょ?」
「え…。…うん。」
幽霊…なんて言いたくないけど、今のお母さんには何でも分かっちゃうみたい。
「詩織は知らないと思うけど、この世界、天国、地獄以外に、もう一つ世界
があるのよ。それは…『無』の世界。自分以外は何もないの。唯一存在するのは…」
そこで一瞬、お母さんは剣悟ににこっと笑いかけた。
「『天使』よ。彼らはいろんな世界へ命亡き者を導く『案内人』なの。」
「へぇ。」
…としか言いようがないんだけど。
「私はその天使に聞かれたの。『天国へ行くか、地獄へ行くか。』ってね。」
選択制!?
私なら迷わず天国だよ…。
え?でも…。
「ねぇ、剣悟?『天国か地獄か』なら、ここには来れないよね?」
剣悟は首を横に振った。
「どちらも『NO』と言えば此処に来られるんだよ。…美香さん
そうですよね?」
なにそれ。
そんな考え方ありなの?
「そうよ。私は天使にこう答えたの。『明日、答えさせてください。』って。」
私の頭の中は正直はてながあふれている。
すると、剣悟が要約してくれる。
「つまり、1日だけこの世界に居させてほしいって頼んだんだよ。」
「…なんのために?」
「…最後にあなたに会っておきたかったのよ。何も言わずに
逝ってしまったから。でも…。」
でも…?
「…詩織。お母さんにはもう、時間がないの。」
え?時間?
そういえばさっき…。
『1日だけこの世界に居させてほしいって頼んだんだよ。』
1日…。
お母さんが死んだのは昨日の午後5時。
今は…。午後…4時…53分…。
「あと…7分…。…嫌だよ!?お母さん…まだ行かないでよ!』
嫌だ!
逝かないで!
さっきまでの冷静さがウソだったみたいに。
私は勢い良く立ち上がって、お母さんの肩に両手をのせる。
…でも、その手はお母さんの肩に触れることはなく…。
どれだけお母さんの体に触れようとしても、私の手は
虚しく空を切るだけ。
「詩織、時間がないの。よく聞いて。」
その真剣な瞳に、私の無意味な行動が止められる。
「詩織には…刑事だったお父さんがいたんだけど…。知ってる?」
「…ううん。刑事だったことは知らない。でも、いい人だったのは
お母さんに聞いたよ。」
お母さんの足元がもう消えかかっている…。
「そっか。あのね、お父さんはあなたが生まれる前に殉職したの。」
「……。」
「でも彼は『俺は死んでも、刑事として死ねるなら幸せだよ。』って
よく言っていたの。小さいころからの夢が刑事だったから。
…詩織にも絶対に夢を叶えてほしいの。」
「…うん。」
お母さんの腰から下がほぼ消えていて。
涙すら…落ちても輝きながら消えていく…。
「…私は…」
私の夢。そんなの、お母さんにだって話したことはなかった。
「私は…先生になりたい。」
今の私には程遠い夢だけど。
「そう…。じゃぁ、勉強いっぱいしないとね。頑張って。もうお母さんは傍に
居られないけど…。向こうから…詩織のこと見守ってるよ。」
だんだんお母さんが見えなくなっていて…。
「まだ行かないで!…もう少し一緒に居てよ!…行かない…で…。」
「…そうだ…。大事なこと…言ってなかったわ…。」
「…え?」
すると突然。
私の体を包んでいるような…。
…すごくあったかい何かを感じた。
見えないけど、お母さんだってことは分かった…。
「しお…り……。生まれて…きてくれて…ありがとう…。」
To Be Continued