こんにちは、映像の勉強をしているランプです。
なんともわかりづらい件名ですね。
わたしは先々月から映像の勉強を本格的にしております。
一般的にはあまり馴染みのない技術だと思います。
テレビや映画などは見るのが当たり前で、作るとなると特別特殊な技術が必要だと思っているでしょうからね。
一昔前なら実際そうだったかもしれません。
デジタル映像じゃない時代は特殊撮影技術による映像加工があったかもしれません。
それはかなり特殊な撮影方法だったでしょう。
でもデジタル時代でありコンピューターの性能が上がってきている現在であれば特別特殊な技術が必要というわけではありません。
特殊な知識は必要かもしれませんが、それ以外はパソコンのソフトウェアで出来るものです。
こんな技術を勉強して何になるんだろうと思っている人もいるかもしれません。
必要なことは他にもあるのですから、わざわざ映像の技術を勉強する必要なんて無いじゃないかってね。
映像の技術というのは撮った映像を加工することから、何もないところから映像を創りだすところまで幅広い分野です。
しかしそんな幅広い映像の分野にひとつの技術だけを持って仕事をしてる人はたくさんいます。
トータル的な映像の技術を勉強することは、全体を知ることが必要になることだけではなく、映像を撮る時のことも頭に入っていなければなりません。
映像を加工するときにどうすればかんたんに加工することが出来るかということです。
加工技術に関してはプロフェッショナルな人は居るでしょう。
でも映像を撮る段階で黙って出てきたものを加工することはできるだけで、撮って加工するために時間をできるだけ少なくするためにはどうすればいいかはわからないはずです。
分担制である映像の分野は、トータル的に映像を覚えていける人が少ないと思っていますので、映像をトータル的に覚えることは意味が有ります。
仕事に困らないようになるということです。
トータル的に映像の技術を覚えておけば、仕事が切れることも無くなりますからね。
映像の勉強をやめたらどうなるのか考えたこともない。
普通、技術的に難しいことに関しては逃げ道を考える場合もあります。
自分の知識の中での技術では、目の前の事柄が処理できないという場面が多々あるからです。
そんなとき、人はどうすれば上手く切り抜けられるかということを考えます。
切り抜けるということは目の前の事柄を処理することが出来ない前提の行動です。
処理できないまま切り抜けようとすると、その時は上手に切り抜けられるかもしれませんが、そのうち上手く切り抜けられないことも出てきます。
なら、どうすればいいか。
自分の知識の範囲では難しい目の前の事柄に、更に知識を広げればいいだけです。
もしくは人の知恵を借りることでも良いんです。
要は目の前の事柄を処理できればいいだけなんですから。
だからやめるとか上手くいかないということを考える事自体意味がないことで、上手く行くためにはどうすれば良いかを考えるだけです。
うちの嫁は上手くいかないことを考え、否定的ですけど、きっと一般的にはそんな考え方が普通なのかもしれません。
わたしはやめるのはいつでも出来ますが、出来ることを考えて上手く行くように考えて行動すればそのうち上手く行くと思ってますからね。
天邪鬼なわたしです。