『古畑任三郎』と、素晴らしきエキセントリック演技の時代。 | でびノート☆彡

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映画監督/演技講師 小林でび の「演技」に関するブログです。

 

田村正和さん追悼番組、『古畑任三郎』の「ラスト・ダンス」(ゲスト:松嶋菜々子)と「フェアな殺人者」(ゲスト:イチロー)の再放送を観ました。懐かしかった~。

 

「ラスト・ダンス」は松嶋菜々子さんがあまりにキラキラと輝いていて・・・ゲストの魅力を掘り下げる脚本・演出・カメラワークの番組だったんだなーと再認識。

松嶋菜々子さん、犯人と被害者の両方のキャラクターをすごく繊細な芝居で演じて分けてますからねー。しかもとんでもないドンデン返しあるし、それをまた見事に演じきってる。魅了されました。

 

そして田村正和さん、超スタイリッシュな演技で古畑任三郎という「生活」から3センチくらい浮いた人物を演じてましたねー。
スタイリッシュで、ちょっとエキセントリック。

 

シリーズが始まる時に三谷幸喜さんが田村さんに古畑任三郎という人物のバックボーンを説明しようとしたら、田村さんは必要ないと言ったらしいですね。

 

「いりません。この刑事はね、事件の時だけ現れて、解決したら消えてしまうんだ。プライベートを想像するなんて面倒なことはしなくていい。だから僕は引き受けた。」

 

「この刑事は事件現場にだけ存在していて、居酒屋に飲みに行ったり、家庭があって子供がいるというような設定もないほうが面白くなる。」

 

シビレますね~。だからあんな天使のような、悪魔のような人物造形が出来たんでしょう。

 

 

『古畑任三郎』は1995年に始まったシリーズで、今回再放送された「ラスト・ダンス」と「フェアな殺人者」はどちらも2006年の放送ですが、俳優たちは基本1995年っぽい演技法で演じています。

 

1995年っぽい演技法というのは・・・スタイリッシュ&エキセントリックな演技です。当時世界的に大流行していました。

 

この演技法のブームはおそらくドラマ『ツイン・ピークス』あたりがはじまりなんだと思うんですが、1994年、映画『レオン』でゲイリー・オールドマンがキレた演技で悪徳警官を演じて大ブレイク。世界中の俳優が彼のエキセントリックな演技をマネしましたw。(ボクもマネしてましたw) 同じく1994年にはタランティーノの『パルプ・フィクション』でトラボルタやユマ・サーマンがスタイリッシュでエキセントリックに暴れまくり、香港では『恋する惑星』や『天使の涙』がエキセントリックな演技で演じられてました。

 

邦画では『GONIN』が1995年ですよね。5人どころか登場人物全員が狂った演技で歌舞きまくってるので、誰がその5人なのかさっぱりわからなかった(笑)。モッくんが歌う「ヤングエスタブリッシュメント万代樹彦さんは金持ちだ~♪」と、ビートたけしのビニ―ル傘片手に拳銃を撃って叫ぶ「カズマ―ッ!」っていう怪鳥音はたぶん一生忘れられないでしょうw。

 

「エキセントリックであること」が最高にカッコよい時代だったんです。

 

 

『古畑任三郎』というと『刑事コロンボ』の作劇との類似点がよく語られますが、人物造形や演技に関してはまったく違っています。『刑事コロンボ』はコロンボ1人がイカれた刑事なんですが、『古畑任三郎』では登場人物全員がイカれてる(笑)。ここが一番違ってる点ですw。

 

『コロンボ』でエキセントリックなのはコロンボだけなんですよ。彼の周囲にいる刑事や警官たちが非常にオーソドックスだからこそ、コロンボという人物のキャラが際立つんです。これは『ダーティ・ハリー』とか『金田一耕助』とかもそうでしたよね、定番の布陣なんです。

 

『コロンボ』では犯人たちもプロスポーツ選手とか実業界とか小説家とか、それぞれの業界を代表する人物としてそれなりのリアリティで演じられています。そのある程度リアルな描写で描かれたさまざまな業界があって、そこにコロンボというあの変な刑事が単身乗り込んでゆくので、みんながビックリしたり油断したりして、ドラマが生まれるんです。

 

ところが『古畑』では登場人物が基本全員エキセントリックなんですよね。まあ「三谷キャラ」なんですけどw、警察側の古畑の部下にしても今泉(西村雅彦)も西園寺(アリtoキリギリス)にしても刑事としてのリアリティは無いんですよね。ちょっと変わってるw。時々現れる警官も変ってるし、果てはタクシー運転手まで変わってる。

そして犯人たちも目撃者もその業界業界のリアリティを演じるのではなく個性的な個人を演じています。そこにあのスタイリッシュでエキセントリックな古畑任三郎が乗り込んでゆくのですから、もう「エキセントリック演技バトル大会」になるわけですよ。

 

コレが1995年当時はカッコよかったんです。斬新なテレビドラマが登場した!って感じでした。当時はバラエティ番組とかもとんねるずの『みなさんのおかげです』のコントとかも演技が超エキセントリックだったりしてて、エキセントリックであることはまさにあの時代のテレビの最先端だったんですよね。

 

 

じつはボク、ハリウッドザコシショウの「ハンマカンマ」大好きなんですがw。まああれは誇張され過ぎてるとはいえ、笑ってしまうのはどこか本質を捉えているからで、田村正和さんの演じた古畑任三郎は、その喋り方、表情、ポーズ、どれをととってもどうかしてる、というかエキセントリックでしたよねー。

 

もっと具体的に芝居で言うと「ん-ふーふーふ」とか謎の音を出しながら犯人に詰め寄っていく。「相手(犯人)との距離のつめ方」「相手から目線を逸らしながらしゃべり続けて、逆に相手を自分に惹きつける感じ」これが秀逸なんです。

 

ボクね、古畑さんって「犯人を追い詰めるスタンド」みたいな怖さがあるなーと思うんですよ。『ジョジョ』ですね。しかもキラークイーン・シアーハートアタックやノトーリアス・B・I・Gみたいな遠隔自動操縦系の、一度狙われたら再起不能になるまで付きまとわれ続けるタイプの(笑)。バレないようにそーっと慎重に行動しないと、ちょっとでもヘマをするとすぐに古畑が気付いて攻撃してくるみたいなw。

そんな刑事、他に見たことないですよw。

 

でもこれがバックボーンの無い人物造形なんでしょうね。人物を「情念(内面)」で演じるのでもなく、「キャラ(外面)」で演じるのでもなく、「反応」のみで演じる。

ハリウッドザコシショウが演じるあのポーズも、ハンマカンマも、古畑任三郎が犯人を目の前にして観察しまくって、その犯人の行動に反応するときに勝手に出てしまうポーズであり感嘆の声ですよね。

つまりそれらの「反応」こそが古畑任三郎の演技の本質だと思うのです。

 

 

えー、そんな『古畑任三郎』シリーズの「エキセントリック演技バトル大会」の中でひときわ目立ってたのが・・・というか浮いていたのがイチローさんでした(笑)

 

「フェアな殺人者」の回、この本放送をテレビで観ていた時のことをハッキリ思い出せるんですが、イチローさんの演技があまりに下手というか、台詞が棒読みに感じて「あちゃー」と思ってたんですよね、当時。・・・でも今回の追悼再放送を観てみて思ったのは「あれ?イチローさん意外といい演技してるじゃん」ということ。むしろ周囲の俳優たちの演技の方が大げさでわざとらしく、噓くさく感じました。印象が逆転してるんですよ。

 

特に分かりやすく逆転したのは、イチローとその異母兄弟(向島さん)の会話のシーン。

この会話がまったくかみ合っていないのは、当時はイチローの演技が下手なせいだと思っていたんですが、今回見ると違いました。

むしろイチローはナチュラルに兄弟のコミュニケーションを演じているんですよ。それなのに向島さんの方がそのイチローの芝居を受けることが出来ていなくて、ひとりで兄っぽいセリフ回しや兄っぽい態度(キャラ)で演じることに必死になっていて演技が内向している・・・そのせいで2人の芝居がかみ合っていないんですよ。

 

イチローさんは普段の記者会見やインタビューの時のイチローそのままなんですよ(笑)。それを本放送当時には「素で演じちゃってるー」とか思っちゃってたんですが、今はむしろその逆で、素の要素が入っていない演技は作り物っぽくてウソくさく感じられてしまう時代ですからねー。リアリティあってよい演技に見えるんです。

 

いや~時代の変化とともに演技の見え方・捉えられ方って変わるものですねー。

 

 

そうなんです。『古畑任三郎』って犯人役の俳優さんが本人役で出演している場合と、架空の人物役で出演している場合と2種類あって、架空の人物を演じる場合はスタイリッシュだったりエキセントリックに人物を演じてる場合が多いんですが、本人役で登場の場合はナチュラルに普段の自分自身(もしくはタレントとしての自分自身のキャラ)を演技の中に持ち込むので、比較的自然だし、コミュニケーションもスムーズなんですよね。

 

その最たるものが木村拓哉さんで、単独で出演した「赤か、青か」の回では爆弾犯の役をスタイリッシュに演じてたんですが、SMAPとして5人で出演した「古畑任三郎 vs SMAP」の回ではすごく自然な解釈でセリフや行動を演じていて10倍くらい瑞々しいんですね。セリフ一言一言に含まれる仲間への思いや、表情のディテールがすごく豊かで魅力的なんですよ。

 

「古畑任三郎 vs SMAP」再放送してくれないですかねー。よい画質・音質でもう一回見たいんですが。

 

 

というわけで田村正和さん追悼で再び観ることが出来た『古畑任三郎』再放送は、90年代の演技のスタイリッシュさ・エキセントリックさ満載のタイムカプセルみたいな体験でした。

田中邦衛さん追悼の時に『北の国から』を観た時にも、演技の見え方が本放送当時に観た感じと大きく違っていてビックリしたんですが(そのことをツイートしてる人けっこういましたね)・・・今回もそうでした。時代とともに芝居の受け取られ方は変わる。

 

となると、やはり俳優は「その時代時代の観客の心にヒットする今の演技」を全力でやり切ることが大切なんだなと思いました。

 

田村正和さんのご冥福をお祈りします。最高にカッコいい俳優でした。

 

小林でび <でびノート☆彡>