今週末、あの恐ろしかった地震が起きてから一年が経ちます。
一年は経ったけれど、東京に住んでいる私ですらまだまだあの時の恐怖感や絶望感が過去のものになったとは言えません。
いまだに地震が多いですし、あの嫌な音を伴って緊急速報が流れると
ほんとに怖いです。
家族が同じ場所にいるときはまだいいのですが、日中それぞれがバラバラですから、そんなときに大きめな地震か来るととっさにどうすべきかグルグル考えてしまうし、バタバタオロオロ確認します。
テレビでも徐々に増えてくる3.11特集。
津波の映像、本当に怖い。
流してほしくないなと思います。
身近に津波でなくなった人がいるわけでない私でさえ恐ろしいのに、被害にあった方たちはみたくないだろうな。
時々夢にも見ます。
子供たちと必死にしがみつきあって浮かんでいる。絶対に離さないでって泣きながら。
現実でも、ガラス張りのビルのそば・大江戸線(スゴい深い)に乗るとき・大きな橋を渡るとき・保育園に息子を置いてバイバイするとき…一回ちよっと覚悟しますよ、毎日。
そして、天気のいい日に「はぁ~いい天気~」と思いきり深呼吸ができなくなってしまった。
「国産」イコール安心ではなくなった。
それはとても悲しい現実。
日本がそんな国になってしまったなんて。
でも、諦めたくはない。
先日、糸井重里さんがツィートでルワンダの大虐殺を逃れた友人の談として紹介していた言葉にとても共感しました。
ルワンダではその日が近づくと、精神的におかしくなる人が増えると。
だから、体育館などでたくさんの人と一緒に祈りながら、食事をしながら、歌いながらみんなで一晩過ごすのだそう。
一人でいちゃダメだよーとその方は言ったそうです。
ほんとにそうだね。
3.11、一人でいるのが怖い人は編みに来てくださいね。
ううん、編まなくてもいい。
編んでいる人の手元を見てるだけでもそのリズムで無心になれます。
たわいないおしゃべりが笑顔をくれます。
私も、支援の活動をしながら自分自身が救われているといつも思います。
なにもできない大いなる自然への無力感はもうどうしようもないのだけれど、すぐに現地へ飛んでいくこともできなかったけれど、寄付するお金もなかったけれど、なにか手を動かしてできるだけで…というかすることがあるというだけで、救われた。
集まって編みながら、また揺れて怖かったねーなどと口に出して言ってしまうだけで、不安が流れ去る気がした。
それは小さな10センチ四方の毛糸のかたまりだけどほんとに大げさじゃなく、愛が集まってきたと感じられた。
無心にチクチクするママたちや石巻の子供たちの笑顔に、私のやって来たことは間違ってなかったと勇気をもらった。
「忘れない」と始めた活動だったけど、到底忘れられずにいまだ来るぞ来るぞと言われる地震や放射能、嘘と本当の恐怖と闘う日々ですが、希望を持ち続けたい。
負けたくない。
自分の子も自分の子じゃない子も、未来をつなぐ光。
守りたい。
おかあちゃん頑張るよ、うん。

