ゴロウ


 余談だが、「ゴロウ」という名前に決めた、と父に報告する際、

とんでもなく破廉恥な名前をつけられそうになり、これを死守する。

ドラゴンボールの孫悟空が初対面の人に対する、特別な挨拶を思い浮かべれば誰でもお分かりになるだろう。

これを娘に大声で呼ばせる気か、父よ。


 青い目の子猫は少し成長すると緑色に、そして最後には金色になった。

これにはがっかりした、というのも青い目の猫は、なかなか見ない目の色だったし、私はかなり自慢に思っていたのだ。

また、海外から渡ってきたかもしれないという、夢の旅物語も無くなっていった。

希少価値が消えてしまった子猫は父の予想と違い、順調に育っていく。


ゴロウにまず覚えさせたことは「トイレ」だ。

母と一緒に猫砂というものを買い、小さなトレイに砂を均等に敷いてやる。

さて、まだ歩くことができない子猫がこの箱に辿り着けるのか?

大きめの段ボールにこの砂箱とよちよちの猫を入れてやる。

砂箱の横にタオルを敷いて子猫の寝るスペースをつくり、トイレと高さを合わせてやった。


・・・やはり

子猫は自分の寝床に糞尿をまき散らす。

(どうやって教えればいいの?)


 「おい!トイレの躾け教わってきたぞ!」

兄は友達の父親が動物病院の院長だという息子づてに聞いたとのことだった。

(実はその動物病院でこれからゴロウは世話になっていく。家から徒歩3分の近所だった。)


ちょうど糞したてのゴロウを兄はわしづかみにし、砂箱に顔を押し付ける。

「ここでするんだ!!」

私はヒ!っと驚き、子猫の無事を心配する。

兄は力任せに砂にこすり付けているように見えるからだ。


しかし、これが一発で覚えてしまった。

次から子猫はよちよち這いずって行き、砂の上に体が全部乗ってから用を足したのだ。


 ゴロウは十分動けるようになると、まるで蜘蛛の子みたいに、ぴょんぴょん飛び跳ね、嫌がる母の後を追っかけていく。

「小さいのに面白いやつだ」とこれを見て笑った。

小さいがあなどれない爪、これは既に武器と化していた。

私は無理して何でもないって態度で爪攻撃を受けて遊ばせた。

子猫は成長段階、爪がむず痒いし、傷つけていることがわからない。

爪攻撃の他、もちろん噛みつき攻撃もあるので、私の手や腕は悲惨な状態だった。

しかし、子猫の可愛さには敵わない。

学校から戻ればゴロウを探して遊んでやったが、子猫時代の思い出は少ない。

それだけ動物が大人になるのは早かった。

あまり写真も撮らなかったので、それだけが悔やまれる。


 余談2回目だが、ゴロウはつややかで黒々とした毛並の一見して黒猫だが、腹のところだけ三角形に白い毛が生えていた。(そう、ちょうど人間が大人になると黒々生える場所だ。)

そして、それは生後1年で消え、すべてが真っ黒に、完全な黒猫となった。

(人間と逆だね。)


 さあ、ゴロウという名前の猫はどんな猫に育つだろう。

連れてきて見せろ?!
予想外の父の言葉に淡い期待をし、『~とか言いつつ、やっぱりダメ』的な意地悪な父を想像している。
そんな状況で玄関から飛び出した私は体が緊張で強張っているのか、体が気持ちに追い付いていないのか、足が上手く動かせていなかった。
家からほんの先の、すぐ近くに置いている、子猫が入った箱はまだあるのだろうか?
今さら走ったところで何か変わることがあるだろうか。
空き地の入り口に小学生の男の子達が何か見つけている様子が見えた。
私は、彼らが空き地に踏み込み姿が隠れたところ、あと数メートル後ろを走っている。

(いやだ!!)

がむしゃらに走って入り口にたどり着いたら、こんなやり取りをかましていた。

「この猫、8号通りの倉津さん家に連れていってみようぜ!」

だめ!だめ!だめ!

私は後ろから声もかけず強引に割り込んだ。
ガバッ!と箱を掴み持ち上げ、ピタリと止まり一言告げた。

とてもか細い声で「うちで飼うから…」

「え!?飼えるの?」

自信はない…、確証もない…。
もしものことを考えたら、連れていかないほうがいいかもしれない…。

(この子達にまかせたほうがいいのか…?)

優柔不断な私だが、体と足がもう家に向かい、男の子達は私を見送っている。
つまり、この時は頭で何をどう考えようが私の心はこの猫を『手離したくない!』ということだった。

家の中、父は白のおじさんTシャツと股引き姿で待ち構えていた。
無言で近づき箱を床に置く。
「この子……。」

運命の分かれ道である。

「箱から出せ!!」
「床に座らせて見せろ!!」

「…この子はまだ座れない!」

「いいから!座れなくていいから箱から出して置いてみるんだ!!」

私はそっと床に置いてみる。
近づきよく見ようとした父の足が子猫を踏み潰してしまいそうで怖い。

「ん~、小さすぎるな。…これは生きられないな…。」

!?は

あんまりな言葉に私は憤慨した。

…しかし

「よし!面倒みてやれ!」

(!?…え)

そのまま流れ作業のように父は母を呼び、出かける支度をさせて出ていってしまった。

飼っていいんだ、と理解するまで、間があったが、父がバタンとドアを閉めた音でやっと力が抜けた。
やっと手に入れた猫である。
母にポツリ、ポツリと「いいんだよね」と何度も確認する。

ゴロウ…
もう名前は決まっているみたいなものだ。
ゴロウ、黒猫、男子、捨て猫

 小さな黒猫は目をつぶると顔がわからない。
鼻も黒いし、目を開けてくれないと顔のパーツがないみたいだ。
ちなみにこの子の目の色はダークブルーだった。

青い目なんて外国人みたいじゃない?
もしかしてこの子は海外から渡ってきたのかしら、と珍種扱いしていた。
(・・・ただの雑種で黒猫です。)

この子猫を友達の家に連れてきてざっと1時間くらいだったと思う。
友達のお父さんが会社から早退してきた。

 「!!!!」

もちろん、この情景を見れば、どこの親だって怒るだろう。
彼女の父親が顔を出した瞬間に私は凍りつき、私のせいで彼女が怒られるんではないかと不安がドッと押し寄せる。
私はすぐにこの子猫を外に連れ出す算段を立てていたが、間合いがわからない。
しかし、この子猫を連れ出すのはあっという間の出来事だった。
彼女の父親もあまり我慢強いほうではないのだろう、箱の中身を一瞬で理解したようで、友達が呼ばれる。
私も負けじと「あ、この子うちで飼うんで!」と即座に箱を持って立ち上がる。
(本当に飼えるのだろうか・・・。しかし、嘘でも言わないとまずい状況だと判断した。)

私は玄関まで来て靴を履き始めた。
彼女の父親に挨拶もしていない。
すぐそばで友達が怒られているのがわかった。
(もっと、彼女のために言い訳したほうがよかっただろうか・・・。)

それにしても私には、あの嘘の一言が限界だった。
「うちで飼うんで!」
勢いで言ったその無責任な言葉が頭の中でこだまする。

(何がなんでもうちの父を説得せねば・・・。)
友達の家のドアを締め、彼女が出てくるのを待っていた時、私は怯えて泣きそうだったが、父に挑む覚悟を決めていた。
打たれても、わんわん泣かされても、父の足にしがみついて離さない図を想像していた。
(まだ小学5年だっていうのに、父に頼み事するときは、必ず昼の連ドラ並みの惨劇を想像する私だった。実は今でもそうだ・・・。)

やっと彼女が出てきて、顔をみると「何でもない」って顔をしていたが涙が一滴伝っているのが見えた。
私は謝り、箱を抱えて帰っていった。

その後、私は家に帰るまでの間、ひたすらイメージトレーニングをしていた。
父に言うタイミング、この子猫を隠す場所・・・
まず、先程の友達の家での出来事が教訓となり、家に連れ帰って子猫を見せながら父に頼むのは、危険と判断したので、家から50mもないだろう小さな空き地に隠すことにした。鬱蒼と草が生えているので子猫の入った箱がまあまあ隠れる。
もちろん、隠す前に母に見せバックアップを要求する。
母は「あ~、わからないけど・・・まず頼んでみなさい・・・。」
まったく頼り甲斐がない母だった。

夜、父が帰宅する。(うちの父は帰宅時間が遅い。)
私はその日は諦め、子猫が無事でいるよう祈った。
次の日は学校がお昼で終わりなので、子猫回収の手順を考えながら眠りについた。

さて翌日、お昼に帰宅した私は、今から出かける素振りを見せている父を見て「チャンスは今しかない!」と猛烈に確信する。(なんだかいい波が来てるような気がする・・・絶対に!)
いつもどおり頑固そうで、すぐ怒鳴りそうな怖い父を前にオドオドしながらも昨日のイメージトレーニングを思い出す、が無理だった。

正座してやっと言った。
「子猫が飼いたい・・・。」
それ以降は、父がどういうことだと予想外の冷静な話方で促すが、生き物への責任やら、私には無理だとかポポの時はどうたらこうたらと続く。
私の勇猛果敢な熱弁をするイメージトレーニングとやらは吹き飛んで、ただ「飼いたいの・・・」「はい・・・」と小さく頷きながら涙を堪える図だった。
(もう、ダメなのだろうか・・・)
そこへ、父が意外な一言を発する。
「連れてきて見せろ!」