田原歩 | リフレクションペーパー

田原歩

05W2115019I まず、冬の寒い中この多摩の奥地まで来てくださった岡部様に感謝の意を示したいと思います。また、実務者ということで、概念上ではなく、リアルに感じることのできるお話ばかりだったので、大変分かりやすく、また同時に嬉しく思いました。

 さて、今回のお話で私が1番考えさせられたことは、「中立」ということです。岡部様のお話を聞くまでは、プレゼン班同様、私も中立など有り得ないと思っていました。この点に関し、岡部様も中立は有り得ないとおっしゃったのですが、なぜこのことに私が注目したかというと、それをよりリアルなものとして感じることができたからです。岡部様はこの説明をする際に、野球のレフリーの例を挙げられました。「一人一人のレフリーの基準は違うかもしれない。でも、どのレフリーもそれぞれ自分の中立を守っており、またそれに励んでいる。コンサルタントもこれと同様である。」私にとってまず衝撃であったことは、コンサルタントは必ずしも中立ではないということです。私は、コンサルタントは自身は中立であると自負しているだけで、実際はどこかに偏りがあるのではないか、と思っていました。そもそも、コンサルタントが自身の責務を果たしていないのではないか、と考えたのです。しかし、それが絶対的に中立であるとは言うことができないにしろ、そうである努力をしていると知ったのです。私はこのことに深く考えさせられました。コンサルタントの責務は中立を図ること。当たり前のことかもしれませんが、これに忠実になることはそう簡単なことではないと思います。もしも自分のことを考えたら、もしも責務に忠実でなかったら、すぐにどこかに傾いてしまうのではないでしょうか。コンサルタントがこのように、相対的にしろ中立を守ることができているのは、概して自分たちの仕事の意味と真摯に向き合っているからなのではないでしょうか。貧困に苦しむ人々など、誰のために、何のために自分たちは動いているのかという目的意識がはっきりしているのだと思います。

 どんな形にしても、このコンサルタントの姿勢は見習わなければならないと思います。政府、JBIC、世界銀行…どんな規模であっても、どんな援助形態であっても、誰かのために、という目的意識があるのなら、誰もが持たなければならない共通認識なのではないでしょうか。例えばODAがビジネスのために行われているということはしょうがないことかもしれません。しかし、目的意識よりも営利追求が先に来てしまうのでは、本当に意味での援助とは呼べないのではないでしょうか。例えば、ダム建設が果たして本当に住民のためになるのか、という議論のように、もしも営利追及が大きくなってしまえば、そこから移住しなければならない住民がいること、ダムが建設されたことにより工場が建ち、環境汚染につながるなど、デメリットの部分が大きくなってしまうということです。

 そのため、今回のコンサルタントの姿勢は印象深かったのです。この姿勢が、全てにおいての原点となるのだと思うと同時に、これが確立される必要性を改めて感じることとなりました。