鈴木真理奈 | リフレクションペーパー

鈴木真理奈

05w1407022F 鈴木 真理奈

まず、先日ご帰国なされたばかりというご多忙の中、中央大学までお越しくださった岡部様、本当にありがとうございます。私は、岡部様のお話から、改めて開発という言葉の奥深さを知り、今まで簡単に発していた言葉を一つ一つ見直していきたいと思った。開発は、概念ではないと強く思ったのは、岡部様から、東ティモールでの開発に大変ご苦労なさったお話を伺ったときであった。開発においてその受益者が主体的になることは欠かせない、とプレゼンを作る時点では、頭ではしっかり掴んでいたつもりだった。だから、ボトムアップの開発が絶対に必要だと考えていた。しかし、岡部様は東ティモールでのお話しを通して、現場を見なければ住民のニーズはわからないし、ボトムアップの開発ができない場合もあると教えてくださった。言葉の表面だけで判断し、一人ひとりの受益者の変化について思いをめぐらすことが出来ないと、開発はお節介なものになってしまうと思った。

開発は、人との関わりなしには行えないことも改めてわかった。しかし、ただ人が好きなだけで出来るような簡単なものではないことを、岡部様は懇親会の時に、教えてくださった。また、「自主性を持って開発に取り組むことは、自主性を持って開発から身をひくことができることもある。しかし、企業人として開発を行うときは、どんなに辛くても逃げることはできない。」という岡部様の開発に対するご姿勢に大変感銘を受けた。私に今出来る最低限のこととして、他人にも届く位、もっともっと本気で学びたいと思った。

また、プレゼンを作る中で、言葉でしか物を考えられていなかったとき、モモから、プロジェクトとは何かと聞かれたことを鮮明に覚えている。あの時、モモが私たちプレゼン班に気づかせてくださったことは、開発を受益者の視点から見るということが私たちには欠けていたことへのヒントであったと今では思う。モモからのご指摘を受け、岡部様のお言葉を感じ、私なりにこの授業を通して考えてきた「開発とは何か」という問いへの回答はまたここで、原点に返ることが出来た。「開発をもっと自分のことにひきつけて考えて」とモモからご指摘を受け、今私が大切にしたいと考えるのは、人と人とのつながりであった。表面でしか考えてなかった会話、言葉の裏にある思い、どれだけ私は素通りしてきたのだろうと反省している。開発を学ぶ中で思うことは、いつも開発途上な自分の惨めさだった。こんな私に何が出来るのだろうと考えると先へ進むのが怖かった。しかし、このプレゼンを作っていくうえで、向上心でいっぱいになった。また、4人という少人数の班で作るプレゼンには、4人の意見が均等に反映されていて、誰一人欠けてもこのプレゼンは出来なかった。それ以上に、最後のプレゼン班ということで、たくさんの履修生から助けられた部分もあった。そうした人との関わりから、人嫌いだった私は、人が好きだと何度思ったかわからない。話すことが嫌いだった私は、自分の思いを伝えることに自分の存在意義を強く感じている。それ以上に人の思いをインプットすることの難しさに初めて意識した。一緒に学んできた履修生一人ひとり、もう一度開発を問い直すきっかけをくださった岡部様、約3ヶ月かけて開発を感じる機会を設けてくださったモモに感謝しています。