稲葉想
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本日は、わざわざ遠いこの中央大学にまで足を運んで下さり、また、世界銀行という、私たちでは普段からあまりその内容を知ることのできない大きな国際組織についての、わかりやすい講演をして下さり、大変うれしく思う。今回のリフレクションペーパーでは、大森様がおっしゃった、「貧困に苦しむ人々」という表現の真意と、懇親会の最後におっしゃられた、ネットワーキングティップスについての意見を述べたい。また、モモがおっしゃったように、「Sustainable Development」について熟考することが必要だと感じるので、その点に関しても、意見を述べたい。
大森様が、普段から「The Poor」というものを日本語訳にするときには、「貧困に苦しむ人々」という表現を使っているということを聞いて、大森様のこだわりが見出せたような気がした。というのも、大森様は講演会、懇親会、首尾一貫して、「私は~」と、自分に意見を出し、自分に当てはめてお考えになる傾向があったように思うのだ。「The Poor」の日本語訳でも同様、一般的な呼称に疑問を持ち、そこに自分を当てはめて考え、自分の意見を反映させて、「貧困に苦しむ人々」といった表現に頑なにこだわるようになったのだと感じる。その少し遠まわしに聞こえる表現には、おそらく大森様自身の、「貧困」と程遠い国で不自由のない生活を送っていながら、「貧困」を扱う国際機関で働くことに感じる疑問も含まれているようにも思える。「貧困」に深く関わる「開発」をこのALPsを通して学んでいる自分でさえも、今の自分の周囲の状況があまりに利便性に富んだものであり、「貧困」の発生している現地のそれと大きく違う状況の中で学んでいることに疑問を感じることはある。しかしながら、だからこそ、大森様のように、自分の意見をしっかりと持って、指針を、ターゲットを見失うことなく行動していく姿勢が大切なのだとも思った。
お教えいただいたネットワーキングティップスからは、ネットワークを作る際の注意点というものだけでなく、あらゆるものに通ずるコツを見出せた。「自分から動く」という姿勢は、当たり前なようで、実はとても難しいことなのだとも思う。「自分から動き」出すためには、その機会を自分で見出さなければならないし、その時その時の判断を自分で決めなくてはならない。また、その責任を自分にすべて返ってくる。「自分から動く」ことには、実に様々な困難が含まれているのだとも感じた。しかし、大森様は、どちらかといえば、「自分から動いた」後にやってくる困難よりも、その瞬間その瞬間に面白みを見出して、その状況を楽しむことが望ましいとでも言っているかのように感じた。それが例えば、人とアポイントをとるのに、紹介状など不必要で、「自分」がしっかりとしていればいい、といった発言からも感じられるだろう。その場で「自分」というものを精一杯発揮して、相手に自分を理解してもらうことの面白みを、大森様はよく理解していらっしゃるのだなと思った。このことはある意味で、前述した「自分としての意見を出す姿勢・こだわり」にも通じていると思うが、つまりは、自分に素直に生きているのだなと感じるのだ。
また、最後に、「Sustainable Development」に関しての自分の意見を述べる。私は、以前から「Sustainable Development」に深い問題意識を感じていた。大森様のおっしゃったように、「Development」とは、Changeであり、何かがその中で変わるわけだから、当然Impactを持つものである。しかしながら、そのImpactとは、常に良いものであるとは限らない。悪い影響力であるものであったり、その時点では影響力が現れないものもあるだろう。だからその点で、Sustainableにするためには、Impactの持つ破壊性を、できるだけ少なくする必要があるわけだ。けれど私がいつも感じる問題意識は、その悪い影響力は、その破壊性は、誰にとっての、何にとっての悪い影響力であるのか、誰を、何を破壊する性質であるのか、その点に感じるものなのである。「Sustainable Development」といっても、私たち人間を中心においた考え方であって、だからこそそれには、自然の搾取が必ず伴われてしまうのではないか。そん感じるのである。この問題意識は、すぐに解決するもの、明確な答えがあるものだとも思わないが、今回大森様からのお教えいただいた「自分に素直に生きる姿勢」を見習って、これからも疑問を頑なに持ち続けながら、妥協することなく生きていきたいと思う。改めてではあるが、ありのままの自分を私たちにぶつけ、諭してくださった大森様に、感謝の辞を述べたい。また、他の用事が二つもあったのに関わらず、わざわざお越しくださったことにも、大変感謝している。