渡辺愛李
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大橋様のお話に衝撃を受けた。大橋様のお話は、私たちが開発について学ぶ際に考える必要が不可欠である問題が数多く含まれていた。
まず、開発の概念である。「空中の鎖状のようにつくられた概念が開発である」という言葉が強く心に残っている。「世界中が先進国を目指す」前提のもとに、私たちは、発展途上国や貧困層の人々に対し、「貧乏だから可哀そう」という思いを強く持っているのではないか。開発という言葉の本質を考えなければならない。大橋様は、私たちの途上国や貧困層に対する思い込みを見直す機会を与えて下さった。そして、大橋様が仰っていた、西洋が私たちのスタンダードであり、そこから外れたのがエスニック=途上国であるというこの考え方も、私たちが普段何気なく思い込んでしまっていることであると気が付いた。テレビや雑誌を見ても、エスニック料理や店の紹介はインドであったり、タイやベトナムであったりと、「変わった、非日常的」であると思い込んでいる国のものしかない。フランスやイタリアをエスニックと呼ぶ人はかなり少なく、実際はエスニックであるという考え方も見られない。大橋様が仰るように、エスニック、つまり民族は、変わった非日常的なものであるという意識を改善する必要があると感じた。私たちがエスニック=変わっている=途上国=かわいそうという意識を変えなければ、何も変わらない。この大橋様のお言葉を私たち一人一人が考えなければならないのではないだろうか。
また、「開発の物差し」についても、意識が低いものである。サウジアラビヤやクウェート、スリランカもGDPから見れば先進国レベルであるが、先進国といえるのか。この ように問われたら、返答に困り黙り込んでしまうだろう。実際私も授業中に答えが分からず悩んだ。「途上国だから開発を行おう」と思う前に、途上国とは何であるか、どうして途上国と言えるのかという根底を見直す必要性に気付かされた。
そもそも、開発を考えること自体が、開発を善行であると受け入れている証拠である。そしてそこから、「かわいそう、助けなきゃ」という考えにつながってしまうと大橋様が仰っていた。確かに、私は無意識のうちに開発を受け入れていた。高校生の時から、発展途上国の問題を緩和したいと思っていた。これはまさに、大橋様が仰っていた、自分達先進国の生活水準に追いつかせようとする自分勝手な考え方であったことに気が付いた。
大橋様は、市民と現地の「共生」という言葉を強く仰っていた。開発には現地の人々と私たちの共感が大切であり、一緒に生きていこうとする気持ちが大切なのであるというお話に強く感銘を受けた。
「変わるべきは途上国の人々か、私たちか?」という問題提起も、ALPs以外の授業では触れる機会が少ないと感じた。現地の問題は日本の問題であることを常に意識している大橋様であるからこそ、現地の市民社会を考える「市民による海外協力」を実現できたのではないだろうか。
始終大橋様のお話に圧倒されながらも、大橋様が考える「市民による海外協力」について直接伺う貴重な機会であった。大橋様のお言葉の一つ一つが私の心に響いた。今回のお話をもう一度自分に問い直し、これからの学びへとつなげていきたい。
私たちに向かい熱心にお話して下さった大橋様に心より感謝の意を表したい。