岩瀬慧 | リフレクションペーパー

岩瀬慧

05W2111017H 岩瀬慧 今回の大橋様のお話を聞いて、私は、自分が得ていた(と思い込んでいた)知識すべてに対して疑う姿勢を持つことになった。どういうことかというと、曲がりなりにも“development”を勉強するために、日々様々な情報を得る努力をしていると今日まで自負していた自分が、先進国の定義にも、途上国の定義にも答えられず、ALPsの一貫したテーマである“development”という言葉を一度も疑ったことがなかったことに気づかされたとき、自分の中の前提(あくまで傲慢な姿勢)が全て覆された。だが、同時に、前提を覆されたことをプラスに捉え、少しずつ、自らの行動に対して信頼できる過程を自分で踏めるようになったと考えて、大橋様と、この機会を与えてくださったモモ、そして私の稚拙な考えを日々いやな顔一つ見せずに聞いてくれるALPs・developmentライブ!の仲間にこの上ない感謝を述べたい。本当にありがとうございます。

 具体的に大橋様のお話の中で新鮮だったことをいくつか挙げる。まず、「日本はブランド志向の国である」ということ。それは、受験であっても、買い物であっても、そして募金であっても、同じである。受験というのは、その時の学力を偏差値というフィルターを通して計り、選抜して入学許可を与えるもの。しかし、大学生がどこの大学に通っていようが、学力は常に変化し続けるものであるため、本質的に違いは存在しない。だが私たちは、ランクが上だとされる偏差値の高い大学への入学を希望する。服というものはある程度外部から体を守るために身に着けているにすぎないにもかかわらず、稼いだお金をより高額の服に使ったりする。同じように、知名度の高い団体に募金はしても、分からない団体名を聞くと「オウム真理教じゃないの?」などとネガティヴなイメージがまとわりつき、知名度が低い団体にはお金は集まらない。このように、日本のブランド志向は主に明治維新からのヨーロッパ・アメリカを手本にしている風潮からきていて、我々はとかく本質よりも、その表面に出ている情報に惑わされており、本質を見失っている。

 次に、“development”の和訳である“開発”について。“開発”は戦後の考え方だ。“開発”という言葉は“先進国”と“途上国”の差を埋め、便利な尺度として勝手に人間が作った経済的成長などを、“開発”として捉え、それが“途上国”という国々では遅れていると勝手にみなし、なんとかしなければと頭をひねっている。つまり、ヨーロッパ・アメリカがお手本になった世界を何の疑いもなしに受け入れているのだ(ブランド志向にもつながる話)。 私たちは問題の原因を本質として捉えなければならない。

 最後に、大橋様ご自身の仕事について。「やって楽しくなければ意味がない。故に個人的なゴールというものはない。大事なのは愛なのだ。」とおっしゃっていた。その通りであると感じた。無理なことは続かない。本当にやりたいことのみが、続けられることなのだ。そして、現場で苦闘すること。それが、NGOという立場を取り続ける意味。NGOが社会を変えると信じていること。それが、大橋様の原動力になっていると感じた。

 大橋様がモモに伝えたキャパビル、苦しむこと。そしてモモが常日頃私たちに伝えようとする、苦しむこと。私たちもまた、キャパビルしていくことで、本質を見失わずに生きていく姿勢を示していくのだ。