高塩愛子 | リフレクションペーパー

高塩愛子

05w2111020B 高塩愛子

 今回、外務省という自分にとっては遠い存在のように感じていた場で働く方のお話を聞けて大変貴重な経験ができました。上田様のお話から、現在日本のODAは「額」と「質」との間で挟まれ一つの転換期を迎えているのだと感じました。

まず私が上田様のお話の中で強く印象に残ったことは、「国際社会における日本の立場が大切である。」ということです。日本も不況でありGNP費を0.7%にまで持っていくのは難しい。しかし国際社会の中での日本の立場も大切である。だから質向上が必要だということでしたが、私は「援助」と「国際社会での立場」というものがなぜ同じところで話されているのかと疑問に思ってしまいました。私が調べてきた中で、「日本のODAは輸出促進を目的としているのではないか。」という批判に対して、円借款が行われるまでのプロセスをもとに日本のODAは輸出促進を目的としたものではないという意見がありました。仮にもし日本のODAが輸出促進を目的としていたら、それは自国の利益目的のためであり、援助という名前を利用しているだけで真の助けにはなっていないのではないかと思います。しかし、今回上田様のお話の中で日本の立場が大切だということを聞き、この輸出促進に対する批判と同じような気持ちを抱いてしまいました。確かに、お話の中にあった「戦後の日本の発展というのは途上国の憧れであり、期待されているからこそ日本に返ってくるものも多い。交渉の場などでは信頼が助けとなる場合もある。」という意見には納得ができます。しかし、交渉のための信頼が目的ならば、それは日本の利益を目的としているのではないかと感じ、果たして援助とは何なのかとわからなくなってしまいました。援助とは何なのでしょうか。自国の利益も目的に入っているとしたら、それは国際社会における「戦略」になるのではないでしょうか。私は今まで援助というものは自分の利益は考えずに、相手にとってプラスの影響を与えることを目的としているものだと考えていました。

しかし、上田様のお話に、中国と日本の関係を例にしたお話がありました。

「中国の人はまだ日本に対して良い印象を持っていない人が多く、草の根レベルの活動をしても数字に表れるほどの成果が見られにくい。そのような時、ODAの資金援助が中国と日本との関係に良い影響を与えてくれる。単なる援助だけでなく、それによって関係を作る事も必要なのだ。外交の側面と開発の側面を持つものが援助であり、買収政策ではない。」

ということでした。このお話を聞き、問題としている援助が国際社会においてのことである以上、国際社会での立場というものも重要であり、「善意」だけでできることではない、良い関係を築いてこそよりよい援助政策が立てられるのだろうと気づくことができました。

 また、今回の授業を受けたことが私個人にとって大きな一歩となりました。上田様が最後におっしゃった、「自分にとっての開発ではなく、開発にとっての自分ということを考えています。」というお言葉がとても心に入ってきました。懇親会でも私の思いを伝える場を与えていただき、自分にとって大切な時間となりました。