鈴木彩
私はこの授業を履修するまで、政府開発援助について何も知らなかった。「ODA」という言葉を耳にしたことはあっても、「政府開発援助」を意味しているとは知らなかった。今回、そんな私がODAについて調べて印象に思ったことは「ODAは結局日本のためである」ということであった。
ODAは諸外国との国際関係において日本の立場を良いものにするために行うものである。確かにODAは発展途上国に対して無償援助も行っているが、援助の大半は有償援助や技術協力の形をとっている。日本の企業を現地に送って開発の援助をしているのは事実であるから周りの諸外国から「理念や哲学がない」、「日本はエコノミック・アニマルだ」などと批判されるのも仕方がないと思っていた。
だが、上田様の講演を聴いてODAに対し批判的だった私の考えは変わった。私には、外務省というとデスクワークをするだけで実際に現場を見ていないという勝手な先入観があったのだが、実際はそうではなかった。アフリカの人々からは感謝され、彼らに頼りにされているという話をきき、うれしく思った。そして、日本には責任や期待、信頼があるということを実感した。
講演が終わり、私が一番感じたことは上田様のおっしゃる「センセーショナルなメディアの意見」に自分も大きく影響されているということであった。ODAについて調べる際に得た批判的な情報に流されていたのである。それと同時に「知ってもらうことの難しさ」も実感した。懇親会で上田様が「どうしたら国民に知ってもらえるか」とおっしゃっていたのが印象的だった。私のように、外務省に対し「お堅いエリート集団」といったような偏った先入観を抱いている人は少なくないはずである。実際、「ODA批判」も多いようだ。外務省もホームページやグローバルフェスタなどのイベント、配布するメモ帳などでODAやMDGsについての説明をしているがまったく興味のない人や、頭ごなしに否定している人の考えを変えるのはとても難しい。やはり、テレビや雑誌などのメディアの影響力は強いのだ。だが、懇親会で上田様がおっしゃっていたように外務省の関係者がテレビを通して熱弁を振るっても、それを真剣に聞く人はどれだけいるのだろうか。直接話すというのが一番の解決方法であるかもしれないが、そのような機会はほとんどないに等しい。事実を伝えるため、教育機関での開発教育などの必要性を強く感じた。
実際に現場で動いている方のお話を聞くことができ、外務省やODAに対する考え方を改めることができたことはとてもよい経験となった。「開発」とは一言では言い表すことのできない、難しい問題である。外務省に勤めている上田様の「開発にとって私は何か。私には何ができるのか。」という言葉が心に残った。では、開発について学んでいる私には何ができるのか。それを常に問い続けながらさらに開発について学んでいきたいと思った。