水害のニュースで浸水により食器がぷかぷか浮かんでる映像が流れたんだけど

 

 

それを見て

 

 

夫が

 

 

笑った

 

 

「すげ~浮かんでるw」と

 

 

 私「ちょっと!何故笑ったの?家に水が流れてきたんだよ?自分の家だと考えたらどう?」

 

 

 そこから夫「確かにそうだね」とズーーンと落ち込みまして

 

そこからしばらく浮上できませんでした。

 

 

 

このやりとりで、私は本当に「点」なんだな、と思いました。

 

 

 

…意味わからないですよね?

 

 

どういうことかと言いますと、

 

 

夫は映像という1点を見て

「すげ~浮かんでる」で一旦止まってた

ということ

 

 

一方、 私は

 

 映像→ここまで浸水したんだ→住んでる方は避難できたかな→今も大変だろう→復旧まで時間かかるよね→どれだけ不便な生活だろう 

 

と

 

映像から色んな思いが自然に派生して線になります

 

だから、被災した方達の背景まで想像が広がっていく

 

 

そして 夫は「映像」という点で反応したけど、 線を想像できないわけではありません

 

説明すると線が繋がり「確かにそうだね」と想像が広がっていく

 

時間差で、被災した方への背景まで辿り着く

 

 

被災した方を思いやる気持ちがないわけではないし、

 むしろ、その場にいたら率先して手を貸すタイプだとも思います

 

認知の仕方は人それぞれで、ある線を辿るのに時間がかかることは悪いことではないですよね

 

夫の場合も、時間をかければちゃんと線が繋がります。

 

 

 

けど、笑った 

 

 

 

ここに私は「障害」を感じます。

 

だって、夫の認知スタイルを知らなければ普通に「酷い人」に見えるから。

 

そこに本人と社会とのズレを感じるし、それが「障害」となると思ってる。

 

 

 

 

 

目の前で人が倒れたという「点」の状況で優しい人が

その前後まで含めた「線」だと酷い人に見えてしまう 

 

そんなことがあるなんて、私は夫と暮らすまで知りませんでした。

 

たぶん、こういう認知スタイルの人が身近にいなければ、なかなか気づけないことなんだと思う。

 

知らないまま一緒に過ごしたら、

「なんで?」

「どうして?」

が、いろんな場面で積み重なっていく。

 

そして、その「なんで?」の繰り返しで心が疲弊していく。

 

所謂、カサンドラの状態です。

 

 

今はだいぶ分かってきたから、以前より負荷は減りました。

 

だから私は今でも障害を理解するためには「知ること」が大事だと思っているし、

 

息子の周りにいる方達にも知って欲しいと願っています。

 

その子が「悪い子」に見えてしまう前に、
「なぜそう見えるのか」を知ってもらえたら嬉しいし、

そういう社会であって欲しいと思っています。

 

 

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