過去記事を整理中。
数日後に過去のアーカイブに戻します。
1号が児童精神科に通い始めた時期の日記です。
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2015-05-14
前回主治医に言われていた検査を受けるため、1号と児童精神科へ行ってきました。
何をするのか詳しい内容は聞いていなかったので、楽しみ半分、不安半分の私と違い、
「あれ~?行くの今日だっけ?」
「やべっ!運動会の練習が~~」
なんて、いつもと変わらぬ様子の1号。
この日は天気がよく、「気持ちいいね~」など話をしながらのんびり病院へ向かいました。
児童精神科に入ると、すぐに優しいお姉さん…いや、心理士さんが迎えに来てくれました。
簡単な挨拶を済ませると、心理士さんと1号は少し離れた検査室へ。
一緒に遊びながら内面を引き出していく というような説明を受けてましたが、
やっぱり遊びという名の検査をするんだね。当たり前か。
1号のことだから、ふざけることなく真面目に検査を受けるでしょう。
せっかく一人になれたから、本でも読んで待とうかな。
そう思って、私は待合室でのんびり一人時間を満喫していたわけですが。
1時間半後。
彼は帰ってきました。
心理士さんの「最後まで集中して頑張っていましたよ~」の言葉と、
その側で強張った表情で固まる1号。
心理士さんはその様子に気づいていません。
たぶん、母親しかわからない、ほんの少~しの異変です。
検査は順調だったし、単に疲れだろうと
私もスルーしかかったんだけど。
いや、待てよ?
この光景。
これ、前にも見たことあるではないか。
もしかして、この後は・・・・。

1号、ダウン。やっぱり!
お腹が痛いとトイレにこもって動けなくなりました(ノ_-。)
そうなのか。
キミはやっぱり、そうなのか。
1号。キミは「予測ができない初めて」が苦手なんだね?
で、熱中しすぎる。頑張りすぎる。
そして、そのことに自分は気づいていないんだね?
自分が緊張していることに気づいてない。
だから周りにそれを訴えることもない。
普通にしてる。
でも、実際は、
初めての場所で 初めて会う心理士さんと 初めてやる検査 は、
1号にとって“体が悲鳴を上げるほど大変なこと”だったんだね。
数か月前の知能検査でもそうだった。
今日と同じく、いつも通りに検査室へ向かった1号は、
普通は途中で挟む休憩を拒否し、心理士さんに「全然疲れてないです」と言ったそう。
でも、そんな彼は、いざ帰りのバス停に向かおうとしたら、
フラッフラで、歩けませんでした。
精神科の先生と初めて話をした日にも。
お腹が痛くなりトイレにこもり、その後発熱したんです。
不思議だなぁ。
緊張や疲れを隠してる様子はないんだけれど。
心と体のバランスがとれていない ということか。
幼さゆえの ことなのか。
わかりにくいなぁ~~
こんな時、1号の姿が夫とかぶります。
夫はずっと優等生で、親を困らせることなく育ってきました。
親以外が見ても「ちょっと変わった普通の子」だったと思います。
でも、成人になってから、少しずつ困難なことが増えてきて。
今はもう。
超ハイレベルな困難 の渦中で、もがきながら生きています。
もしかして。
もしかして、やっぱり、1号もそうなのか?
一見、まったく問題がないように見えるのに。
むしろ優等生なのに。
体が悲鳴をあげるほどの「なにか」をキミはもってるの?
今回のことで、やはり、検査を引き続きうけて、
もっと1号のことを知りたいと思いました。
次回の検査は、予め内容を聞いて1号に伝えておこう。
見通しをつけてあげれば、少しは不安が和らぐかもしれない。
心理士さんに電話で相談しようと思っています。
****追記****
ここからは、2026年の私が書いています。
この頃の私は(1号は何故限界になるまで気づかないんだろう)と不思議に思っていました。
でも今読み返すと、これって後の不登校にも繋がるな、と気づきます。
そう、この後1号は、小学校と高校で、2回不登校になるんです。
先生も友達も親も、、周りは(まさか)という思いでした。
急に動けなくなってどうしたの?
辛いことあるなら教えてくれたらいいのに、と。
そんな状態の不登校。
でも、今はわかるんだけど
1号は、辛いのを我慢していたわけじゃない。
本当に、自分がしんどいことに気づいていなかった
ということだと思います。
疲れたから休む。
しんどいから助けを求める。
無理だから今日はやめておく。
そのためにはまず、自分が「疲れている」「しんどい」と気づかなきゃいけない。
でも、それが難しい子はいて。
「全然疲れてないです」と休憩を断ったあと、歩けなくなるほどダウンした1号はまさにそのタイプ。
今思えば、この頃からずっと、
本人が気づくより先に、身体が「もう無理だよ」と教えてくれていたんです。
当時の私も、その「何か」には気づいていました。
でも、それが何を意味するのかまではわからなかった。
まさか数年後、この特性が「学校に行けない」という形でも現れるなんて、あの頃の私は知りませんでした。
私はもう15年以上ブログを書いてるんだけど、長年継続してるメリットの1つに
点と点が繋がり線になる ってことがあります。
10年前にわからなかったことが今の私ならわかる
こういうことは多々あって、
点だけで(どうしよう、どうしよう)と思い悩んでいた現象が、線として繋がることで
昔こうだったから今もこうかもしれない、だから未来に向けてこう歩もう
みたいな。
時間と共に対策が見えてくるんですよね。
今、引っ越し予定の記事が数百あるんで(多っ!!)過去記事を全てリライトできるかはわからないけど、フォロワーさんには
保育園で多動を心配してた子がその後どうなったかとか、
不登校で動けなくなった子がその後どうなったかとか、
カサンドラで疲弊しきってる私がその後どうなったかとか、
そういう線を体験談として伝えることはできると思う。
私には正解はわからないけど、自分はこうだったという体験談は事実ベースで伝えられる。
その体験談がどこかの誰かのお役に立てればいいな~と、そんな風に思っています。
◇エックス毎日呟き中⇒まる@元カサンドラブロガー

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