高校の同級生4人と久しぶりに会いました。
みんな、夫と同じクラスだった子で心許せる親友です。
それぞれ結婚し、子育てして、忙しくしている中で久しぶりに会ったのにそんな気はまったくせず、まるで昨日までいつものようにクラスでおしゃべりしたような…そんな楽しい時間。色んな話をしました。
そこには夫のこともあったんだけど
当時、誰一人として「彼に発達障害の特性がある」と感じていた子はいませんでした。
1人は心理学学んで大学の先生やってるんだけどね、その子ですら「わからなかった」と
だよね…
納得でした。
学校というシステムは、夫にとって合っていたんだと思います。
学校って言う場はカリキュラムが決まってますから。
時間割があって、部活や委員会があり、役割が決まっている。
ゼロから自分で組み立てる必要がなく、そういう環境は、夫にとって過ごしやすかったと思う。
先を想像し見通し立てなくて済むからね
彼の能力を活かせる場所だったと思います
でも、同じ「発達障害」という括りでも、1号の場合は違いました。
1号にとって学校は「とにかく疲れる場所」だった。
夫は感覚過敏もあるけど鈍麻が強い
1号はその逆。
凸凹の出方が違うと、同じ障害名でもここまで違うのか……と、改めてその「わかりにくさ」を痛感してます。
世間ではよく「学校に行けているから大丈夫(発達障害ではない)」と思われがちだし、私も児童精神科で直接先生に言われたことあります
でも、それは
【そういう傾向がある】というだけで、全ての人に当てはまるわけではありません。
夫は社会に出てからガラガラと崩れていったし、
1号は学校にいけている間は『過剰適応しながら』いけてただけで、そのことを本人も周りも気づいてなくて。
ある日突然、電池が切れちゃった。
そんな感じでした。
結局、夫にとっての「合わない環境」は、「結婚生活」だったんですよね(切なっ)
ゼロから2人で思いを共有しながら作り上げる
子が生まれたら父親の役割を、共働きなら家事の分担を、状況に応じて自分を適応させていく
そういうことが苦手なんだと思う
まぁ、なんとか夫婦してますけどね、大変ですよ。色々と…
障害って、その人がどうこうというより、「その人と環境との相性」なんだと思います
同じ障害名でも違う生き方をしている二人を見てると心から思います。
そして、その「環境」には、「人」も含まれていて、
人には環境を変える力があり、そこには当然、私も入る。
夫や息子を取り巻く環境をどう整えていくか。
環境を変える力は、本人たちは勿論、私の中にもあるということ。
そういう心がけが大事だと思います。
◇エックス毎日呟き中⇒まる@元カサンドラブロガー


