両親と暮らすことは、最強の在り方チェックであり、最強の瞑想であり、最強のヒーリングの機会。 | この星に愛を分かち合いに来た仲間たちへ 

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魂(を覆い隠しているトラウマや傷や感情を癒し、愛に満たされて幸せな本当の自分に目覚め、本当に望む人生を創造するサポートをしています。

親はいつまでも、今の私ではなく過去の私を見て関わってくる。

故に、意識が進化し成長したつもりでも、傷や感情や間違った信じ込みや同じパターンを繰り返すプログラムが残っていたら、簡単に過去に引き戻されてしまう。

 

 

 

 

画像はこちらのサイトからお借りしました。

 

特に、第5チャクラにある5つのリングに刻まれたメンタルプログラムが手つかずに残っていると、

ハートから下のチャクラの傷や感情をいくら癒しても、簡単に過去と同じような見方になってしまい、過去と同じ行動パターンを繰り返し、簡単に過去の自分へと引き戻されてしまう。

 

しかし、第5チャクラにある5つのリングに刻まれたメンタルプログラムが癒されたなら、過去を通すことなくそのままの親を観ることができるようになる。

そして、過去と同じ行動パターンからも自由になり、本来の自己にくつろいだまま本質から関わることができるようになる。

 

 

 

 

故に、親と暮らすことは、最強の在り方チェック。

在り方がズレていると、すかさずそこにあるポタンを押すような反応をしてくる。

 

故に、両親と暮らすことは

最強の瞑想の機会で、

最強のヒーリングの機会とすることができる。

 

 

 

 

過去の傷や感情や間違った信じ込みや同じパターンを繰り返すプログラムが癒されているなら、

親と一緒に暮らしながらも影響されることなく、氣づいていて、くつろいでいて、応答することができるようになる。

 

反応するものをハートで受け入れることで溶けて消えていくなら、世界に敵は居なくなり問題も無くなっていく。

 

 

 

 

これに比べたら、

 一人静かに瞑想したり、

 一人静かにヒーリングしたりといったことは、

どんなに深めようとも、初心者の範疇を超えることはない。

 

 

 

 

それを超えていくためには、ハートから始めて、魂へ目覚め、魂の次元からすべてを受け入れるアティーシャのハート瞑想が大きな助けとなった。

 

アティーシャのハート瞑想によって、父親への恨みを抱えていたことに氣づけた。

 

その恨みは自分が抱え込み握りしめ、自分で自分の人生がうまくいかないようにすることで父親へ復讐していたことにも氣づけた。

 

そのカラクリが見抜けたとき、癒しても癒しても無くならなかった第2チャクラの前にあった塊が溶けて消えていった。

 

 

 

 

 

父親への恨みが溶けて消えてからは、父親に対して大きく反応するものが無くなった。

 

そして、以前はボタンを押されていたカラクリが、とてもハッキリと

観えるようになった。

 

 

 

 
 

 
 

さらに前回帰省したあと東京に戻っている間に、高落 伸さんのサポートで 宇宙→地球→魂の循環するエネルギーの流れに繋がってからは、瞑想しようとかヒーリングしようとすることなく、自然に氣づいていて、自然に傷や感情や間違った信じ込みが溶けて消えていくようになったのでとても楽だ。

 

 

 

 

 

私たちは、一人では何もできない無力な赤ん坊として生まれる。

故に、世話をしてくれる人に嫌われたり拒否されることは命の危険にさらされる。

故に、命にか関わるようなたくさんの恐怖や不安や恐れや、たくさんの間違った信じ込みや、自動的に反応してしまうプログラムを身に付けてしまい本来の自己から離れてしまう。

 

 

故に、両親とのことはすべての人間関係に影響する。

すべての人間関係の問題は、両親との間に起こったことによって身に付けてしまった傷や感情や間違った信じ込みや同じパターンを繰り返すプログラムが原因と言ってもいいくらい。

 

だからと言って、親を毒親と呼んでも何の助けにもならない。

親は通常、自分が育てられたようにしか育てることができないのだから。

 

 

 

 

逆に言うと、両親に対して反応する傷や感情や間違った信じ込みや自動的に同じパターンを繰り返すプログラムを癒していったら、この世界に敵は居なくなり問題も無くなっていく。

 

 

 

そういう意味で、家の両親は、

最強の在り方チェックであり、

最強の瞑想の機会をもたらしてくれ、

最強のヒーリングの機会をもたらしてくれている。

 

 

この両親との間に生まれてなければ、これほどまでにたくさんの傷や感情や間違った信じ込みや同じパターンを自動的に繰り返すプログラムを抱え込むことはできなかっただろう。

 

そして、大多数の人たちのように、瞑想やヒーリングにも興味を持つことはなかっただろう。

 

もし、瞑想やヒーリングに興味を持ったとしても、ここまで深めることは無かっただろう。