すべての瞑想法、テクニック、メソッドは、それを指し示す指に過ぎない。
それを会得したなら、それで在ること。
それをせずに、瞑想法、テクニック、メソッドに固執し続けるなら、漕ぎ続けるところへ戻ってしまう。
それは、することを超えている。
それは、ただ在る。
すべては二元からなっている。
あなたが何かを目指し努力する時、そこには、作用と反作用がある。
することで、反作用を作り出している。
あなたがすることで、抵抗を生み出している。
抵抗を生み出していながら、自我が逆襲してきたと勘違いするなら、逆襲から自由になることはない。
そもそも、あなたが何かを目指し努力するということは、今のあなたを否定し拒絶している。
それが、抵抗を生み出している。
あなたが目指すものは何だろう?
それは、どこに在るのだろう?
なぜあなたは、それではないのだろう?
そのカラクリを深く全体的に観るとき、自我の正体が観えてくる。
それは、敵ではない。
あなたが敵と見なすことで、敵にしているに過ぎない。
それは、ただ氣づかれ、認められ、受け入れられ、愛されるのを待ち続けている。
そう、氣づきだけではなく、癒しも必要。
氣づきと癒しは、両翼の翼なのだから。
氣づきだけだと、そこに光と闇の闘いを作り出す。
それは、何千年と続く終わりのない闘いであり、幻想に過ぎない。
