しばらく前、駐車場で洗車している時、
建物の奥の方から戻ってくる人を発見しました。
通常、背後を通る人の気配に氣づくのに、
その人が奥に向かう時に氣づきませんでした。
それ位変わった氣配の不思議な人でした。
その人は、私が住んでいる部屋の階段まで来て
隣の部屋のチャイムを鳴らしていました。
その後、玄関から伸びるホースを辿って
私の所に来ました。
聴けば、NHKの人でした。
ここに越して来て17年。
初めてのNHKの人との対面でした。
『テレビ、置いて無いんですよ。
17年前にここに転がり込んでくる時、
「だらだらテレビを見るなら持ってこないでね。」
と言われて、テレビを人にあげてから、
ずっとテレビ無しで生活してます。」
そう応えると、意外にも、
「今、そういう人増えてますよね。」
と返ってきたので驚きました。
風の噂では、
本当に無いのか確かめるとか、
しつこく追及されるように
思っていたのに。
それだけでなく、
「ずっとテレビを見続けると
その情報で一杯になってしまって
一番大事な自分の今の状態についての情報を
キャッチできなくなってしまうんですよね。」
と言う私に、自然に付いて来てくれました。
時代はずいぶん変わってきていますね。
本当にそうなんですよね。
私たちは、外側の事ばかりに夢中になって
肝心な自分の内側を忘れているます。
そして、本当の自分は眠り込んでいます。
それでは、人生がうまくいかないのは当然なのです。
それは、人生を車に例えると分かりやすいです。
本当の自分は、後部座席で眠り込み
運転席には、自我が座っています。
自我は、過去の思考や感情や
間違った信じ込みの総合体です。
自我は、パソコンのようなものです。
自分が寝ているのに、
パソコンに任せても仕事はできないように
本当の自分が眠っているのに
自我に運転を任せても
行きたいところには行けません。
それどころか、
全然違う所に行ったり、
あちこちぶつかったり、
他の車や人にぶつけてしまったりします。
自我は、今目の前に起こっている状況を
過去の思考や感情や間違った信じ込みという
色メガネを通してしか見ることができません。
そして、過去の思考や感情や間違った信じ込みから
反応(リアクション)することしかできません。
また、自我は、現在地も分からなければ、
目的地も分かりません。
結果、過去と同じ思いはしたくないという思いから、
何度も同じ思いをする出来事を作ってしまいます。
つまり、自我は、
過去の嫌な感情を感じることを避け、
感じないようにするから、
いつまでも嫌な感情が残り、
その感情が何度も同じような出来事を
引き寄せてしまうのです。
そして、テレビは、
嫌なことがあった時、詰まらない時、
その感情を感じないように氣を紛らわせるための
とても素晴らしい道具なのです。
嫌なことがあった時、詰まらない時、
私たちは何かで満たそうと外側に向かいます。
そういう時、ダラダラとテレビを見てしまったりしますよね。
そすすると、眼から出るエネルギーによって
どんどんエネルギーを失ってしまいます。
満たされないものを埋めようとしてるのに
逆に失ってしまう。
すると、さらに不満が募り、
さらに外側のもので埋めようとします。
そして、さらにテレビを見続けてしまいます。
そして、どんどんエネルギーを失い
やがて、辞めようと思っても辞められなくなってしまいます。
挙句の果てには、疲れ切ってそのまま寝落ちしてしまったり。
でも、時代はそういうことの繰り返しから
違う次元へと向かっているようです。