感情を抑え込み聖人のフリをしたところで、目覚めは永遠に起こらない。
それよりも、感情をありのままに表現し癒した方が遥かに早く進化する。
感情が癒されるほどに、感情を活性化されることは起こらなくなっていく。
しかし、癒し続けたら感情を活性化される事が起こらなくなる訳ではない。
それ故に、真摯に取り組む者ほど、癒しても癒してもキリがないというジレンマに陥る。
そのジレンマこそが、彼方への渇望となる。
その渇望が彼方への扉へと導いてくれる。
そして、彼方への扉が開いた時、癒しそのものが感情と同じ次元に自分を制限し、癒しても癒してもキリがないというジレンマを作り出していたことを認識する。
これは、癒しが必要無いと言いう訳ではない。
癒しは必要だ。
しかし、どんなに素晴らしい教えやメソッドでも、それだけに囚われてしまうとやがては制限となってしまう。
しかし、感情を抑え込み聖人のフリをし続ける人は、癒しそのものが感情と同じ次元に自分を制限していることにも氣づくことない。
そして、感情を抑え込んで聖人のフリをしている人は、感情をありのままに表現し癒す人に我慢ならず裏から批判し続け攻撃する。
結果、一生涯を囲いの中で過ごして終わる。
そして、感情を抑え込み聖人のフリをし続ける人の批判や攻撃が、感情をありのままに表現し癒し続ける人を、癒しても癒してもキリがないというさらなるジレンマに追い込み、彼方への渇望を活性化する。
結果、彼方へと開いた人は囲いを超えて悠然と大自然を堪能する。
ハートの奥には、聖なる次元への扉があります。
その扉が開くとき、自我という夢から覚め
本当の自分に目覚めます。
氣づき・ビーイング・魂の三段階を体験し
魂に目覚めたい方は、