対象に氣づいている意識に氣づいている瞑想を深めている時、
何度も何度も転げ落ちてしまったのは、
「氣づきのみがある。」
「それには、中心も無く位置もない。」
「体との繋がりもない。」
という友人の言葉を疑いながらも盲信してしまったからだった。
『意識が体を通して現れるために3つのセンターが大切。』
『源に戻るだけでは半分に過ぎない、
再び体に戻ってきてそれを生きて完結する。』
そう感じていたのに、なぜ盲信してしまったのか?
それは、すべてとの一体感を感じ、それに魅了されてしまったからだった。
それは、それほどまでにインパクトがあった。
故に、体験させてくれた友人を無意識に崇めてしまったのだった。
結果、自ら感じていたことを否定してしまい、
体との繋がりを失ってしまったのだった。
私たちは、無限なる意識(光)が、体を通して現れたもの。
その繋目として、氣づき・ビーイング・ハート(魂)の3つのセンターが目覚めることで中心軸が定まる。
結果、ブレなくなり、転げ落ちなくなる。
氣づきは、鼻先を見つめることでも目覚める。
鼻先で呼吸を感じることでも目覚める。
ビーイングは、ただくつろぐことで自然と重心が落ちていき定まる。
すると、ハートと氣づきが燦然と輝きだし光を放射するようになる。
昨年の暮れぐらいから、すべての細胞がひとつになったかのような氣持ちいい呼吸が起こっていたのは、3つのセンターが活性化していたからだ。
だから、それが起こってない時に、鼻先で呼吸を感じることで、氣づきのセンターが活性化し、すべての細胞がひとつになったかのような氣持ちいい呼吸が起こったのだろう。
昨年の秋分の日の前日見た夢以来、次々と起こっていたことがやっと一つに統合されたように感じる。
その間、自分がどこにいるのか分からず、どちらへ進めばいいのかもわからず苦しんできた。
しかし、やっと今、振り返ることで道筋が観えたように感じる。
そして、この体験の中で、内なる答との繋がりが確立された。
それは、この半年で、築き上げてきたものすべてが崩壊てしまった賜物かも知れない。。。