私たちは、無限なる意識(光)が、体を通して現れたものです。
そして、体には本能があります。
体を通して生きることは、意識と体の本能の2つの力の影響を受けます。
それは、古くから葛藤を生み出し、苦しみをもたらしてきました。
多くの人たちが、体を痛めつけたり、無視することで、意識に目覚めようとして来ました。
しかし、そのようにしては、意識と本能の葛藤は無くなりません。
その葛藤を超えるには、第三の目(第6チャクラ)がカギになります。
この第三の目が目覚めることで、体は意識に従うようになります。
しかし、思考に同一化した状態から、いきなり第三の目(第6チャクラ)を目覚めさせようとしても無理かあります。
それは、根もなく、幹もなく、枝もなく、葉もないのに、花を咲かせようとするようなものです。
それは不可能ではありませんが、驚くほどの時間とエネルギーを要します。
そして、第三のか目覚めたとしても、下位のチャクラにたくさんの傷や感情や間違った信じ込みが蓄積されていたら、その力はネガティブなものになってしまいます。
ですから、いきなり第三の目を目覚めさせようとしてもあまり意味はありません。
過去生で、下位のチャクラに蓄積された傷や感情や間違った信じ込みを癒してきた人なら、いきなり第三の目を目覚めさせようとしても効果的ですが。
そうでないなら、
いきなり第三の目を目覚めさせようとしても、思考に同一化し妄想にハマってしまいます。
ですから、思考に同一化した状態からいきなり第三の目を目覚めさせようとするのではなく、先ずは体に戻ることです。
頭に集中したエネルギーを体に戻すのです。
そして、ハートに繋がるのです。
ハートに繋がると、大抵の人は上のチャクラへ上昇しようとします。
しかし、それは、既に説明した通り、意味はありません。
華が咲くためには、根、幹、枝、葉が必要なのです。
つまり、ハートから下位のチャクラへ降りていき、そこに蓄積された傷や感情や間違った信じ込みを癒し解放する必要があります。
そして、ハートが下位のチャクラを統合するとき、始値上へと上昇することが起きます。
そして、第5チャクラの扉が開かれるとき、エネルギーはさらに上へと上昇することができます。
そうなって初めて、第三の目(第6チャクラ)が目覚めるのです。
第三の目が目覚めるとき、体の本能は意識に従います。
そうなっで初めて、意識と本能の葛藤は終わるのです。