この一週間 | この星に愛を分かち合いに来た仲間たちへ 

この星に愛を分かち合いに来た仲間たちへ 

魂(を覆い隠しているトラウマや傷や感情を癒し、愛に満たされて幸せな本当の自分に目覚め、本当に望む人生を創造するサポートをしています。

 

対象に氣づいているものに氣づいていること(氣づきに寄り添うこと)を続けている中で体験したことは、この記事と同じテーマ:本来の自己へで書き綴ってきた。

 

今夜は、この1週間に体験したことを纏めて書いてみようと思う。

 

なぜなら、これから内なる旅をご一緒する方たちが同じような状態になったときに、安心してその体験の中に寛げるようになるだろうから。

 

 

 

そう、そのために、今生やって来た。

内なる旅を詳細に再体験し、それを出逢う人たちに分かち合うために。

 

 

 

 

 

2009年7月以来、ずっとハートにいることを中心として過ごしてきた。

 

3月26日、友人の2回目のセッションの中で、対象に氣づいているものに氣づいていること(氣づきに寄り添うこと)をしているとき、

 

ハートもまた、現れ(対象)に過ぎず、本当の自分ではない、ということを体験した。

 

それは、かなりショックだった。

 

何しろ、死にかけてからの約8年、ハートが支えだったのだから。

 

 

 

 

 

そして、本当の自分(対象に氣づいているものに氣づいている意識)と、ハートやチャクラとの間で混乱していた。

 

 

 

 

 

そして、それまで毎日続けていたハート瞑想や、各チャクラのエネルギーを開きバランスし本質で満たす瞑想も辞めていた。

 

 

 

 

 

その間に体験したことは、この記事と同じテーマ:本来の自己への中に書いてきた。

 

 

 

 

 

先週の月曜のこと、

氣づきを見失い、外に突き動かされ、

それに氣づいているものに氣づくことができなくなってしまった。

 

 

火曜日も全く同じような状態だった。

その時閃いて、昨年の春に参加した第7チャクラ・ワンネスのインターネットクラスの録音で瞑想した。

 

 

 

 

 

その瞑想の内容は、

 

ハートのエネルギーを開きバランスし、

 

ハートと第3チャクラ、

ハートと第2チャクラ、

ハートと第1チャクラを

それぞれ順番に繋いで、

エネルギーを開きバランスし、

 

ハートと第5チャクラ、

ハートと第6チャクラ、

ハートと第7チャクラを

繋いでいくというもの。

 

 

 

 

 

これは、インターネットクラス以来、ほぼ毎朝やっていた。

それを久しぶり(1ヵ月半ぶり)にやってみた。

 

 

 

 

 

その時、

 

 

ああ、これは、今年の3月に参加した

CETT(チャクライベント・ティーチャートレーニング)で体験した、

チャクラ・バランシング・ブリージングと、

チャクラ・サークル・ブリージングを

とてもうまく融合させたものなのだ。

 

 

と、初めて認識した。

正直、以前は、その流れがちょっと面倒だなと思っていた。

 

 

 

 

 

そして、各チャクラで呼吸しながらバランスしている時から、

これまで体験したことのない

何とも言えない気持ちいいエネルギーに

満たされるのだった。

 

 

その時、

チャクラは意識(氣づき)と体を繋ぐ中継点だと感じた。

 

 

そして、あまりの氣持ちよさに数日毎朝続けていた。

 

 

 

 

 

対象に氣づいているものに氣づいていること(氣づきに寄り添うこと)と、

ハートやチャクラがうまく融合した、

そう感じていた。

 

 

 

 

 

その最中、対面でのサトルボディヒーリングのセッションがあった。

 

クライアントさんは、この記事にも書いた通り、

既に二回のセッションで

対象に氣づいているものに氣づいていること

をガイドしたことのある人だった。

 

 

なので、今の自分のまま、

全開で臨めるセッションだった。

 

 

その時の、

ヒーリング前のやり取りでも、

対象に氣づいているものに氣づいていること

それがどんなに人を楽にしてくれるのかを

観せてもらったのだった。

 

 

 

 

 

そして、ヒーリングの中でも

それはとても効果的に働いた。

 

 

 

 

 

それをクライアントさんと二人で

伴に実感している時に、

あるエネルギーを感じた。

 

 

それは、

 

大いなる意識が、この体を通してクライアントさんに触れ、

クライアントさんの内に在る大いなるものと出会い、

その中で、必要なことが自然と起こる。

 

 

その事に氣づいているもので在る時、

お互いがひとつで在り、それぞれに進化し成長していく。

 

 

というものだった。

 

 

 

 

それは、セッションとは何なのか?

を垣間観せてもらった瞬間だった。

 

 

その瞬間、今生生まれ来た目的を実感し、

何かが完結したように感じた。

 

 

 

 

 

それはとても素晴らしい体験だった。

 

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なので、その後に待ち合わせた彼女と

一緒にランチを食べる時、

思わず熱く語ってしまった。

 

 

 

 

 

その夜、久しぶりに彼女と一緒に眠った時、

やはり体が痺れるようなむず痒いような感じで、

なかなか眠れなかった。

 

 

ずっと一人で寝ていると、

たまに彼女と一緒に寝る時に、

毎回こんな風になってしまう。

 

 

そして、不思議なことに

二晩目は全く違和感なくなる。

 

 

これは、以前付き合った人たちとの間でも

同じように起こっていた不思議な現象。

 

 

 

 

 

そして明け方、

一緒にくっついて寝るのに体とエネルギーが馴染んできた。

そうなると、これまで体験したことがないくらい

とても気持ちいいエネルギーに満たされた。

 

 

そう、もう何もいらない。

ずっとこのまま一緒にいたい。

そんな感じだった。

 

 

彼女もそうだったようで、

ずっとそのまま一緒にくっついていた。

 

 

不思議なもので、

何度かトイレに起きるタイミングも

同じだった。

 

 

そんな時、

束の間の一人の時間、

一人でいても、

これまで体験したことがないくらい

とても気持ちいいエネルギーに満たされていた。

 

 

もう何もいらない。

ずっとこのままでいたい。

そんな感じだった。

 

 

そして、彼女と再びくっつくと、

再び、これまで体験したことがないくらい

とても気持ちいいエネルギーに満たされた。

 

 

そう、もう何もいらない。

ずっとこのまま一緒にいたい。

そんな感じだった。

 

 

 

 

 

そして、今週の月曜、

再び一人の朝

 

 

目が覚めると、

世界が沈黙に満ちていた。

 

 

内側が静かで、

世界も静かで、

何もない静けさに満ちていた。

 

 

それは、

心地よくも無く、

心地悪くも無く、

ただただ空っぽな感じだった。

 

 

 

 

茶房ふきのとでランチを食べ、

ママさんと談笑した後も

そんな感じでいた。

 

 

 

 

 

その後、セブンイレブンに寄り、

トイレの鏡で自分の目を覗き込んだ。

知らない人の顔に懐かしい目を感じた。

 

 

その瞬間、

「こんな風にいい感じでいると、

世の中との接点が無いんだよな。」

という声が聴こえた氣がした。

 

 

同時に、どこかで聴こえないフリをしたのを感じた。

 

 

 

 

その後、しばらくして、

「自分というものもなく、

この世の中で、

どう生きていくんだ???」

という感じになってしまった。

 

 

 

 

その感じは、さらに強まって行き、

その日の夕方には、

何だか自分が廃人になってしまったように感じた。

 

 

何か間違ってるのかな?

どう瞑想していたらいいのだろう?

そんな風に感じて、しんどかった。

 

 

すると、

「と、いうことに氣づいているのか!」

と声がした。

 

 

氣づいているもので在りながら、

感じているものに開いていったら、

内側に結構しんどいものがあった。

 

 

ただそれと共にいて、

それを感じていることに氣づいていた。

 

 

 

 

 

対象に氣づいているものに氣づいていること

(氣づきに寄り添うこと)

を続けていると、

自分が溶けて無くなっていくようなことが起こるのかな?

 

 

そんな疑問が頭でコダマしていた。

 

 

そして、自分が溶けてなくなっていく感じで、

何も手につかない状態だった。

 

 

 

 

 

そして、そのシンドイ感じは。

少しづつ溶けて消えていっていた。

 

 

 

 

 

昨日(火曜)の朝、

そのシンドイものはまだ残っていた。

それを感じながら、

それに氣づいているもので在り続けた。

 

 

不意にスマートフォンを手にした時、

不意にYouTubeのアプリのアイコンが目に留まった。

 

 

それをタップしYouTubeを開くと、

そこに出たお薦めの動画一覧に、

エックハルト・トールの動画があった。

 

 

それを観ていて響く言葉があった。

それは、プレゼンス、と、パワー・オブ・ナウ

という言葉だった。

 

 

それがどう影響したのかはわからない。

が、何かのスイッチが入った。

 

 

対象に氣づいているものに氣づいていることを実践し続ける内、

いつの間にか自分がズレていたことに氣づいた瞬間だった。

 

 

それは、

敢えて言葉にするなら、

いつの間にか、自分を無くそうとしていて、

ここにしっかりと居る、ということが疎かになっていた。

そんな感じだろうか。

 

 

 

 

 

自分が溶けて無くなっていく、

その感じのまま、

それを感じ、

感じているものに氣づいている。

 

 

そして、

ここにしっかりと居る、

自分がしていることに意識的に氣づいている。

 

 

そんな感じでいたら、

 

 

静かで何もなくて空っぽで、

喜びもなければ苦しみもなく、

しなくてはいけないこともなく、

したいこともなく、

ただ静かな感じになった。

 

 

 

 

 

そして今日も、その静けさは続いている。

さらに何もなくて静かだ。

 

 

苦しみもなく、楽しくもなく、ただ静かで空っぽ。

 

 

まるで全世界が静止したかのような静けさと、

自分というものも無く、

何でもないのに慣れてきて、

落ち着いてきた。

 

 

そして、その静けさの中にくつろいでいた。

 

 

自分が溶けて無くなっていく、

その感じのまま、

それを感じ、

感じているものに氣づいている。

 

 

そして、

ここにしっかりと居る、

自分がしていることに意識的に氣づいている。

 

 

 

 

やる必要のあることもなく、

やりたいこともないから、

ただ静かにしていた。

 

 

ふと、スピーカーの脇の綿埃が氣になり、

掃除機とクイックルワイパーを手にして、

家中をのんびり丁寧に掃除していた。

 

 

その、思考も感情も通さず

ただ目の前の現実に氣づいて、

応答する感じ、

そして、それに氣づいている感じ、

それが心地よかった。

 

 

 

 

 

そして、

ランチを食べに行くために車に乗ろうとしたとき、

車の上に積もっていた花粉が、

明け方に降った雨粒で、

斑に黄緑色の汚れになっていた。

 

 

それを観た瞬間、

帰って来たら洗車しよう、

そう思っていた。

 

 

すると、

ウォールナットに着いて車を降りた瞬間、

トランクに水拭き用のタオルを

積んでいることを思い出した。

 

 

そして、それで試しにトランクを拭いてみた。

 

 

そう、先日洗車したばかりだから、

花粉以外の汚れはなかった。

 

 

だから、軽く拭いただけで

綺麗になった。

 

 

その応答が、マインドを超えていて面白い。

 

 

 

 

ただ空っぽでいて、何が起こるのかを楽しんでいる。

苦しみもなく、楽しくもなく、

自分というものも無く、

ただ空っぽな感じ。

 

 

これで在り続け、

何が起こり、

それについてどんな応答が起こるのか、

それに氣づいているものに氣づいていよう。

 

 




あなたが過去から自由になり、本来の自己に目覚め、
光輝き、本当に望む人生を楽しめますように。




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