葛藤が解消される中で観えたもの、それは、愛されていたということだった。 | この星に愛を分かち合いに来た仲間たちへ 

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魂(を覆い隠しているトラウマや傷や感情を癒し、愛に満たされて幸せな本当の自分に目覚め、本当に望む人生を創造するサポートをしています。


独立記念日は、決めたのではなく起こった。

目の前に現れた状況について反応している感情を受け入れ変容し癒されたとき、

今が、その時だ!

と決意が起こった。



その時、

必要なカギはすべて、この6年に渡るユニティインスティチュートのトレーニングで、すべて受け取っている。

ただ、これまでは、会社で働くことに膨大な時間とエネルギーを費やしていたために、そのカギを充分に活かしきれてないだけだ。

これとこれとこれを復習して活かせばうまく行く。

と言うように感じた。



実際、その通りに進むと、順調に流れに乗っていった。



でも、何度も急降下するようなことがあった。


そんな時、一つ一つが、会社で働いていた時の数倍も重く圧し掛かってきた。

特に、7月の終わりに京都に行って、フルスペックライセンスに参加した後からの重圧は凄かった。

まあ、余裕のあったお金を、二か月にわたってフルスペックライセンスに継ぎ込んでしまったから。

そういう意味では、本当に一つ一つの出来事が、本当にリアルになった。

会社に行っていて毎月安定した収入がある上でセッションをしているのと、セッションだけなのとでは比べ物にならない。

以前も、決して適当にやっていた訳ではなく、全力だったんだけど、状況が状況だけに自然と何かが違ってくる。

同時に、生きているというよりも、生かされているんだという思いと感謝を感じる。

同時に、大いなるものへの信頼も深まっている。



そして、最近、事あるごとに、エッセンシャルライフ・コンサルティングのLevel2のセッションを自分自身にやっている。

その度に、その効果に驚かされる。

そう、ブレイクスルーが起きる度に、それがクライアントさんからの予約という形で返ってくる。

そういう意味でも、会社で働いていた時よりもリアリティが増している。



それは、ビジネスのノウハウだとかスキルだとかそういう外側のものよりも、内側の本質や強みといったエネルギーの方が何倍も効果がある。



もうダメだ!

と感じる時、必然的に内側で真剣に答を求める。

すると、暫くすると、「これをやればいい。」という感じで閃きとして答がやってくる。



今日もそんな感じだった。

それは、これまでも何度も出ていて、その度にヒーリングしていたものだった。

その都度、反応している傷や感情や思い込みが浮かび上がり、癒され、解放されていっていたのだが、何かが未完了だった。

今日、叫びにも似た問い掛けの後、やって来た閃きは、「葛藤」だった。

これまで、サトルボディヒーリング的に、反応ばかりを観て癒してきたけど、この件について葛藤は思いつきもしなかった。



しかし、葛藤と分かれば、答えは簡単。

そう、エッセンシャルライフ・コンサルティングのLevel2 セッション9

「葛藤を解消する」


をやればいいだけだ。



と言う訳で、早速やってみた。

そこにあったのは、表面的には瞑想とセックスの葛藤だったが、

深く観ていくと、自信と愛の葛藤だった。



その中で、自分自身の中にある愛に繋がっていくとき、胸の前側に痛みを感じた。

その痛みにやさしく触れていると、なんと20歳のころの情景が浮かび上がってきた。

この数年のことは既に過去生のように感じているのに、25年以上も前のことがアリアリと浮かんできたのには驚いた。



そう、それは、すごく愛していて、すごく仲良くて、同時にすごく辛い体験だった。

だから、自動的にちょっと固まってしまいそうになった。

が、痛みを感じながら、浮かび上がってくる光景をも観ていた。



それは、最高の瞬間から過去へと時間を遡りながら再生されていった。

そう、それは愛を再体験するようだった。



その後、最高の瞬間から未来へと、一気に転落し苦しみの日々が再生されていった。

そこで観えたもの、

それは、自分だけが幸せになりその最高の瞬間を生きることに耐え切れず、自ら転落するように仕向けていたことだった。

そして、苦しみの日々が始まったのだった。



その苦しみの日々が再生されるのを観ながら感じたこと、

それは、「愛されていた。」ということだった。

そんな事、思ってもみなかった。

ただただ、苦しみの日々でしかなかったはずなのに!

あまりに苦しくて、毎晩酒を飲み、飲んでも飲んでも無くならない苦しみに、酒なんか飲むものかと思うほどだったのに。



ただ、自分が「白か黒か」という価値観でしか見ることができず、

また、自分自身の中に反応していた傷や感情によってそのままの彼女を見ることができず、

それが分からなかったのだった。




そう、それは彼女にとっても辛い状況だった。

その辛い状況の中でも、正直に居てくれただけだったのだ。

しかし、「白か黒か」でしか見ることができない自分には、辛く苦しいことにしか思えなかったんだった。



「愛されていたんだ」そう気づいた時、大きなものが溶けて消えていった。


そして、自信と愛との葛藤は解消されていった。