それが、いつ始まり、いつ終わったのか、正確には覚えていないけれど、深い闇の中にいた。
それは、訳もなく、不意にやって来た。
それはまるで、自分というものが虚無の中へと消えていこうとしているようなものだった。
それはまるで、崖っぷちから落ちようとしているときに、辛うじて指一本だけが引っ掛かっているようなものだった。
すべてを手放し、中心にくつろいでいると、そこには何もなく、安らぎ、平安、静けさがあった。
しかし、生きるということへと動くとき、頬や腕に、消えていくことへの恐怖があった。
それは、恐怖と呼ぶには、奇妙なものでもあった。
そんな中、ジャイロキネシスにも出掛けた。
それは、奇妙な体験だった。
自分というものは、内側深くに潜り込みほとんど消えかかっている。
にもかかわらず、何者かが、観て聴いて感じて、現実的に電車に乗ったり、彼女と会話したり、ジャイロキネシスの先生ともコミュニケーションしたり、先生の動きに合わせて体を動かしていた。
それは、自分というものがやっているよりも、深く、力強く、いろんなことをうまくこなし、楽しんでいた。
そして、再び、内側深く消え逝くに任せていた。
その後、恐怖がやって来た。
その恐怖が作り出す思考は、とても奇妙なものだった。
しかし、それは、真実としか思えないとばかりのリアリティーを含んでいた。
その恐怖は、死に関するものだった。
しかし、どう考えても、死に結び付くとは思えない。
にもかかわらず、死の恐怖をありありと感じているのだった。
その後、浮かび上がってきたのは、ある過去生での死の瞬間だった。
脇腹を撃たれて、弾が体内に残っていた。
その何とも言えない熱い違和感と撃たれた衝撃によるショック、
それが、
もうダメだ~~~!!!
という強い思いとなって残っていた。
それはまるで、
人はその「もうダメだ~~~!!!」という思いによって死んでしまうのだ。
というように感じられた。
それは、映画「マトリックス」の中の光景を思い出させるものだった。
その映画の中で、頭にプラグインしマトリックスの世界に潜入した者が、マトリックスの中で撃たれると宇宙船の中にいる本体も死ぬことを思い出された。
その後現れたのは、両方の腰骨の内側にある熱い痛みだった。
それは、もう何も為す統べなく、
「もうダメだ~~~!!!」
と感じるものだった。
そして、もうダメだ~~~!!!と感じながらも、どうすることもできない状態が、延々と続いているのだった。
更に感じていると、それは、闘牛に突き上げられたものだった。
それらが癒されていったあと、
いつしか、消え逝く恐怖も消えていた。