ギックリ背中になりました。 | この星に愛を分かち合いに来た仲間たちへ 

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そう言えば、金曜の夜中に、ギックリ背中になってしまいました。

仰向けになって寝ていて、枕を動かそうと両腕を挙げた瞬間、背骨がボキッと鳴り、痛くて動けなくなりました。



それは、2001年2月の出来事を思い出させました。

当時は、OSHOのアシュラム(現在は、メディテーションリゾートと呼ばれています)に滞在していました。

3週間のグループ、OSHOミスティックローズに参加した後、エネルギーがどんどん湧き出して、いくらでも動けて、限界が無いように感じていました。

同時に、止めることができないようにも感じていました。



そんな絶好調なときに、サニヤスオフィスに行き、テイクサニヤスの申請をしました。

そして、サニヤスセレブレーションでもらった名前が、

Deva Ambho (Divaine Lotus)でした。



最初のDevaは、サニヤスネームの苗字みたいなもので、タイプを現すようなものです。

Devaは、Divaine(神聖)の語源であると同時に、Devilの語源でもあります。

天使のようにもなれれば、悪魔のようにもなれる。

妙に納得するものがありました。



そして、Lotus(蓮)。

暗い水の底の泥の中で芽を出し、泥の中を這いずり、泥の中から暗い水の中を這い上がり、やっとの思いで水面に顔を出したかと思えば、嵐や風雨に晒され、長い年月を経てやっと花が咲く。

そんなイメージが浮かび、これまたピッタリな名前だ。

いったいいつまで泥の中を這いずり回ればよいのやら、ピッタリ過ぎると感じました。



しかも、Ambho(アンボー)という響きがランボーにも似ており、どうせオイラは乱暴者だよと。

またどこにでもありそうで、有名で格好いい聖者の名前が良かったなと。

そう言う意味でもピッタリだなと思ったものでした。



当時はまだサニヤスオフィスが機能しており、不思議なほどそれぞれの潜在的な華が開いた状態を現すような名前が与えられていました。

つまり、テイクサニヤスの時点では、まだその華は開花しておらず、大抵の人は全く逆の有り様だったりするのも面白いものでした。



テイクサニヤスの後も、エネルギーの爆発的な増加は衰えることがありませんでした。

早朝からのOSHOダイナミック瞑想に始まり、OSHOナーダブラーマ瞑想、OSHOクンダリーニ瞑想、OSHOホワイトローブと、毎日朝から晩までブッダホールに入り浸り、瞑想三昧の日々でした。


また、時おり昼間に行われるナタラジ瞑想もお気に入りでした。

これは1時間、ただひたすら音楽を全身で感じながら躍り続けるだけの瞑想です。



そうそう、当時はまだ、ブッダホールがあったのです。

それは、OSHOが体を離れる前に毎日講話してくれていたホールで、とても拾い大理石の会場でした。

そして、そこに入るだけで、何かが変わる不思議なエネルギーの場所でした。

それは、OSHOのエネルギーを感じる場所でした。



もうじき持ってきたお金も尽きるので、そろそろ帰国を、そんなある日の晩、

いつものようにホワイトローブ瞑想に参加し、ちょっと疲れたから横になろうと背中が床についた瞬間、

背骨がボキッと鳴り、痛くて動けなくなったのでした。

自分でも、何が起こったのか分かりませんでした。

とにかく、ちょっとでも動こうなら、背骨に激痛が走るので、全く身動きできませんでした。



OSHOの講話もまだ続いていたので、取り合えずこの状態だけは伝えようと、隣に座っていた彼女を手だけで呼び、伝えました。

ま、自分でも何が起こったのか分からず不安だったから、彼女に知っておいてもらいたかったんですよね、

でも、聞いた彼女の方は気が気ではなく、OSHOの講話も上の空になってしまったでしょうね。

とにかく、じっとしている分には大丈夫だからとは伝えたんですが。



で、結局、ホワイトローブが終わってからも痛みで全く動けなかったのでした。

そして、何人か知り合いが集まってくれ、クラニオができる友人が触れてくれていました。

そのうち雨戸のようなものを持った人たちが来てくれて、すぐ近くの病院に運ばれレントゲンを撮ってもらいました。

結果は異常なし。

病院で診察結果を待っている間も、友人がクラニオをしてくれていて、結果を聞く頃には何とか起き上がることができるようになっていました。



それでも二、三日はギックリ腰の時のような不自由な状態でした。

それで、止めようにも止めることができない爆発的なエネルギーが落ち着いたのでした。



そんな昔のことを彷彿とさせるギックリ背中が、14年振りに起こったのでした。

OSHOが言う7年周期の2サイクル、不思議なものです。

幸い、それほど酷くなく、起き上がって背中の固まっている部分を軽く解したりできました。

が、その痛みは続いており、首も回らないような状態でした。



そして、その日の晩が、Sさんとの交換セッションだったのでした。

前の記事にも書きましたが、その日のSさんはたくさんの傷が浮かび上がってきました。

その内の一つ、背中のハートの左下に刺さっていた傷が、夜中に起こったギックリ背中の痛みと同じだったのでした。



これは、よくあることなのです。

朝起きてから感じるものが、その日のクライアントさんの状態と同じだったりします。

不思議ですよね。



そして、クライアントさんのヒーリングをすることで、自分自身の中に反応していたものも癒されます。