苦しみの原因は、感じることを避け考え続けていることです。
恐怖や不安や恐れや怒りやな無力感・・・
必要なことは、それがあることに気づいて感じること
感じているつもりで、感情についてあれこれ考えるのではなく、感じること。
そう、頭は感じることはできない。
それは、耳で見ようとするようなことだ。
感じるためには、頭から離れ、ハートに繋がらなくてはならない。
ハートに繋がるなら、ハートが受け入れ変容してくれるので、安心して感じることができる。
もし、感情がやって来てくつろげないなら、ハートが退化し萎縮してしまっている。
だから、ハートのリハビリが必要だ。
ハートに繋がり、ハートを感じること
それが、ハートを目覚めさせ育んでくれる。
思考は、頭は、答えを聴いても、それを試すのではなく、
それについて質問したり、考え続け、いつまでも堂々巡りをする。
思考とは、決して問題の核心には触れず、
核心の周辺を堂々巡りをするものだ。
何もすることなく、何も変えることなく、楽になりたいと考える。
しかし、それは無理な話だ。
自分の手で首を絞めておきながら、楽になりたいだなんて、そんなことありえない。
しかし、誰もが何生も何生も何生も、繰返し続けている。
そして、更に更に更に、本来の自己から遠ざかり、
混乱、混沌、暗闇の中に入り込む。
それでは、いつまでも苦しみ続けるだけだ。
答えを聴いたら、あとはやるかやらないかだ。
単に答えを訊くだけでやらないなら、苦しみ続けたいということだ。
実際のところ、自分で自分を苦しめているだけなのだから、苦しみ続ければいい。
好きなだけ永く。
しかし、何がどうなっているのか分からないけど、この状態から抜け出したい。
必要なことは何でもするから手伝ってほしい、
そう言われたなら、幾らでもサポートがやって来る。
自分自身が何をしているかに気づいたなら、そこから抜け出すことができるようになる。
しかし、肝心の本人にその覚悟がないなら、誰も何もできない、ただ見ていることしかできない。
そして、それを見ているほど暇な人や、それを見るのが好きな人はそうそういない。
だから、苦しみ続けたいなら、ただ一人で好きなだけ苦しみ続ければいい。
そうしたら、いつの日かそれにも飽きる。
その時、自然と内側からシフトが起こる。
どちらにせよ、やりたいだけやればいい。
ただし、中途半端にどっち付かずではなく、トータルに全一に。