思考を観察するのは、おかしなことです。
世の中には、思考を観察することを書いた本があり、その本を読んで一生懸命思考を観察することをやっている人がいるようです。
でも、思考を観察するなんておかしなことです。
私たちは、本来の自己を忘れ、思考に同一化しています。
これが、苦しみの原因です。
だからと言って、思考が悪い訳ではないのです。
思考のばかやろう!!
お前のせいで、俺はこんなに苦しんでるじゃないか!!
と考えているのも思考ですから(^^)
思考が思考に掴みかかってるようなものです。
そして、そういう人たちは、体にも繋がっておらず、ここに居ません。
分かりますか?
もっと分かりやすく言うなら、
車を運転して事故を起こしても、悪いのは車ではないということです。
事故を起こして、車に向かって、
「ばかやろう!! お前のせいでこんなに酷いことになったじゃないか!!」
と言ってる人を見たら、どう思いますか?
あ、オカシクなっちゃってるんだな、と思いますよね。
そして何より、観照というのは第6チャクラの本質なのです。
第6チャクラまで上昇して初めて、観照が起こるのです。
しかし、私たちは大抵第2チャクラか第3チャクラにいます。
良くて第4チャクラ(ハート)です。
そのような状態では、思考との同一化が強く、第6チャクラも眠っているので、観照してるつもりで考えています。
ですから、思考を観察しようとして思考について考えている思考に同一化してしまいます。
さて、思考に同一化してしまった原因とは何でしょうか?
そうです、このブログを古くから読んでいる人にとっては簡単ですね。
抑圧された感情が壁のようになり、源である意識から分かたれたからです。
源へと戻るためには、感情の壁を溶かさなくてはなりません。
それは、チャクラで言うなら第3チャクラや第2チャクラに蓄積されています。
つまり、先ずはハートから初めて下に降り、下位のチャクラの蓄積された感情を癒さなくてはなりません。
そして、ハートで下位のチャクラを統合して初めて、エネルギーは上へと上昇するのです。
そして、第5チャクラの関門が開いて初めて、エネルギーは第6チャクラへと上昇します。
そうなって初めて、観照が起こるのです。
それ以前では、頭に同一化するのが関の山です。