思考というのは、目的地へ最短距離で、最短時間で、効率的に行こうとします。
しかし、生は直線ではありません。
それは、リアリティです。
それは、河の流れのようなものです。
時には、まるで目的地とは反対の方に運ばれているように感じるときがあります。
思考は、慌てて流れから逃げ出そうとするかも知れません。
しかし、そんな有り様だと、せっかく生が与えようとしてくれている贈り物を受け取り損ねてしまいます。
思考は、大地から一番遠い頭にあります。
一番リアリティから遠い場所にあります。
また、思考とは、意識の一番外側にある無数の点の集まりです。
一つ一つは、小さな点で、その視野は狭く、近視眼的にしか物事を見ることができません。
全体を見ることができず、小さな部分のみを見てしまいます。
物事を表面的にしか見ることができないので、
結果である表層しか見ることができません。
その物事の表層を、内側に蓄積された傷や感情や思い込みプログラムを通して見て、
傷や感情や思い込みやプログラムから反応し一喜一憂し、翻弄され続けます。
そのような状態では、常にいろんな考えが戦い、反論しあい、葛藤し、道を歩むこともままなりません。
そして、この道を一歩進んだかと思えば、やっぱり辞めよう、と引き返します。
そして、あの道を行ってみようと一歩進んだかと思えば、いやこれは嫌だと引き返します。
そうやって、思考は、あれやこれやをやっているつもりになって満足し、実際のところは、一歩も進むことなく、山の周囲をグルグルと回り続けます。
そうしている限り、思考はいろんなことを考え続け、理屈を捏ね回し、遊ぶことができます。
道を歩むということは、自分自身の内側に入っていくことです。
思考に同一化した状態にとって、内側とは得体の知れない広大な夜の海のようなものです。
自分がどこにいるのかも分からず、
どこに向かいたいのかも分からず、
目的地まで、いったいどれ位の距離があり、
いったいどれ位の時が必要かも分からず、
どんな困難が待ち受けているかもしれず、
独り海面に浮かんでいるようなものです。
暗い海面の下に、どんなものが隠れているかも分からず、
嵐がやって来れば嵐に揉まれ溺れそうになる。
また、思考とは、意識の一番外側にあります。
そこから内側に入ると、そこにあるのは感情の層です。
感情の層には、これまでの人生で、これまでの数々の過去生で蓄積してしまったたくさんの恐怖・不安・恐れ・怒り・哀しみ・絶望・無価値感などがあります。
内側深く入り本来の自己を発見するためには、そこを通り抜けなくてはなりません。
なぜなら、その蓄積された感情こそが壁となり、本来の自己を覆い尽くし、隠してしまっているのですから。
内側に入るには、思考を離れなければなりません。
なぜなら、思考とは意識の一番外側にしか存在できず、外しか見ることができず、内側は次元が違うので思考は入ることができないからです。
何も持たず、ただ独りで入らなくてはなりません。
感じることを避けたがために蓄積してしまったありとあらゆる感情。
その片鱗を感じそうになっただけで、思考は恐れ慄きます。
なぜなら、思考は感情に対して為す術ないからです。
思考にとっては、それはそれは恐ろしいことです。
ですから、思考は、いろんな道をちょっとカジってはケチを付け辞めてしまいます。
そして、あれやこれやの問題点を指摘し続ける自分は偉い、と思い込もうとします。
しかし、実際には、飛び込む勇気がないだけです。
ガッツがないだけです。
臆病なだけです。
そして、生を生きるという肝心なことを取り逃がし続けるのです。
そして、誰であろうとそのような人をサポートすることはできません。
なぜなら、当の本人が、覚悟ができていないからです。
それは、本人以外にできないのです。
なぜなら、一人一人が、創造者なのですから。
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