思考が何をやって来たかに気づくほど、思考は静になり、協力的になります。
気づきが拡がり深まるほどに、思考に同一化した状態から、対象に気づいていることに気づいている意識に戻っていきます。
すると、思考が何をやって来たかが見えてきます。
思考は、リアリティとは真逆の事をして結果を作ろうとしています。
それは、水を容れたヤカンを冷凍庫に入れておきながら、お茶を飲もうとしているようなものです。
(Prasadが、トレーニング中によく話してくれた喩えです)
例えば、何かの出来事で恐怖を感じる。
すると思考は、自動的に感じないように抑圧します。
或いは、恐怖を感じなくて済むように、原因と思われる人や状況を変えようとします。
が、恐怖は無くなった訳ではなく、内側に蓄積されます。
結果、源との間に恐怖が蓄積されたことにより、意識が分断され狭められ、思考に同一化しやすくなってしまいます。
蓄積された感情は、同じような状況を引き寄せます。
その時、目の前の状況についての感情と、既に内側に蓄積されている感情の両方を感じます。
すると、実際の状況以上に恐怖を感じてしまいます。
思考は、これは大変だ!!と騒ぎ、恐怖を抑圧し、場合によっては原因と思われる人や状況を変えようとします。
結果、さらに恐怖が蓄積されます。
更に蓄積された恐怖は、更に強力な出来事を引き寄せます。
すると、その出来事によって感じる恐怖は更に強力になります。
そして、既に内側に蓄積されている恐怖も同時に感じてしまいます。
恐怖はとても強く感じらてしまいます。
このサイクルは、何度も繰り返され、内側には恐怖が地層のように蓄積されていきます。
外側の状況はどんどん強力になっていきます。
思考は、意識の一番外側にある薄皮のようなものです。
思考は、自分自身の内側(本来の自己)を見ることも感じることもできません。
なので、物事の表面しか見ることができません。
つまり、原因については見ることが出来ず、結果だけを見て、結果を変えようとします。
原因が同じなのに、結果を変えようとするなんて、なんて愚かなことをやっているのでしょう?
そう思いますよね。
でも、それは個人レベルに留まらず世界規模で起こっています。
世界がこんなにも混沌とし、争いや混乱が絶えず、自然がどんどん破壊されているのも、思考に同一化し物事の結果だけを見て、結果を変えようとしているからです。
分かりやすい例だと、鼻水があります。
風邪を引いて鼻水が出るとどうしますか?
風邪薬を飲んで鼻水を止めようとしませんか?
鼻水がなぜ出るのか?
について気づいていますか?
鼻水は、鼻から体内に入ったウィルスを外に出すための体の自然な反応です。
それを止めることは、体にとって助けになるでしょうか?
本当に役に立つのは、体がウィルスをやっつけることが出来るように、栄養と睡眠を取り内臓を温めてあげることです。
思考が何をやって来たか
リアリティとは真逆の事をして結果を変えようとしている
それを見るにつれ、思考は思考の愚かさに気づいていきます。
するとだんだん思考は静になり、思考を超えた意識に協力的になってきます。
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