またまたずいぶん昔のことを思い出してしまいました。
私は、15才で家を出たのですが、その理由はたまたま受けた試験に合格したから、というのは表向きの理由です。
それは、きっかけに過ぎません。
本当の理由は、このまま家にいたら自分が潰されるか父親を殺すかしかない、そう感じていたからです。
不思議なもので、ヒーリングに傾倒していた時よりも、再び「私は誰か?」に意識を向けてる時の方が、深い傷や感情が浮かび上がってくるようです。
そう言えば、以前、私は誰か?を探求していた時も、隠されていた感情が噴き出して大変になりました。
サトルボディヒーリングトレーニングを修了した今は、内側で何が起こっているのかを見て感じることができます。
ただただ圧倒されるのではなく、変容が起こります。
このところ、毎週のように週末になると、風邪を引いてるわけでもないのに、起き上がることもできずにいることが続いていました。
最初は、父親にされていたことによって、自分がどれ程影響され苦しんできたかを目の当たりにすることでした。
次は、それによって、自分がどれ程の激しい怒りを抱えていたかに気づかされました。
更に、激しい怒りの下にあった深い深い哀しみや絶望が浮かび上がってきました。
それで終わりだと思ったら、違っていました。
次に現れたのは、胸が押し潰されそうな苦しみでした。
その苦しみは、どうすることもできず、ただ悶え苦しむことしかできないように感じられました。
父親を斬り捨てようが、殴り殺そうが、
父親に謝られようが、
たとえ、父親に全財産を与えると言われようが
消えないように感じました。
胸が押し潰され、ヒーリングすることすら思い出せませんでした。
ただただ悶え苦しんでいるときに、何処からともなく声が聴こえました。
「苦しんでいるのは誰か?」
その瞬間、意識が胸の前側、肋骨の辺りから内側へ移動していくのが感じられました。
もう一度
「苦しんでいるのは誰か?」
と声が聴こえました。
苦しみは、肋骨の辺りに変わらずありましたが、苦しんでいる人はいませんでした。
更に声が聴こえました。
「私は誰か?」
意識は更に深く引き込まれて行きました。
そこにはやはり何もなく、答えるものもなく、ただの空間がありました。
そして、先程まで肋骨の辺りにあった苦しみに同一化してしまっていたことを理解しました。
そして、誰かに対してハートを閉じることは、すべてに対してハートを閉じることだと理解しました。
すべての人に対して、自分自身に対して、すべてを包み込む大いなる何かに対しても。
内側深くでは、肋骨の辺りにある苦しみが表層に感じられました。
そして、他のすべての方向にも気づいていました。
苦しみに気づいており、苦しみに気づいているものにも気づいており、その両方を越えたものにも気づいていました。
その中で、苦しみが変容されていきました。