こんにちは

 

今、GWから苗を買ってきてベランダ菜園に挑戦中です。

 

去年は、種子から育てた枝豆が2房くらい収穫できただけ。

 

今年は、もっと収穫したい!と、

10月にできるいちご、枝豆、ピーマン、さつま芋に挑戦。

 

うちのベランダは、日差しが強く、暑くなりがち。

 

普通に外に出していたら、いちごと枝豆が枯れてしまいましたゲッソリ

 

我が家の日光が大好きなパキラという観葉植物「ガジュガガジュ」やしの木も、

かれこれ15年ほど元気なのですが、
 

あったかくなってきたから日光浴させようと外に出して日に当てていたら、

葉っぱが枯れ始めてしまい、、、滝汗

 

調べたところ強すぎる日差しだと葉焼けをしてしまったようです。

 

でも、また太い幹の部分から、ニョキニョキと芽が出て、

すごいスピードでフッサフサに復活しました〜爆笑

 

↓緑色の茎が新しいもの。

 

葉っぱが生えてきてくれてよかった泣くうさぎ

 

ピーマンは、花が咲いてきたラブ

 

 

可愛い〜〜と写真を撮っていたら、

奥の方に、何か膨らんでいるものが・・・びっくり

 

 

ちっこい赤ちゃんピーマン発見~~~爆  笑キラキラびっくりマーク

キャー嬉しい〜〜〜ラブ

と嬉しくなった朝でしたキラキラキラキラ

 

さつま芋くんも順調に大きくなっています。

 

うちのベランダは、

あったかい気候に強いものと相性がいいみたいですね〜〜ラブ

 

 

さて、先日、子どもたちが小学校の移動教室があり、

3日間静かな生活でした。

 

こんな時滅多にないので、どこかへ行かなきゃ!!と

1日目に有給を取って、飯能あたりの低山へ行くことにしていましたが、、

 

飯能でもちらほらくまさん目撃情報が驚き

 

そして、その日はあいにく午前が雨で雨

雨だと雨音でくま さんも人間もお互いの存在に気づかず鉢合わせする確率が上がる

らしく、山は断念して急遽ずっといきたかった場所へ行くことに。

 

 

午前は雨だし、ゴロゴロして、体を休め、お昼を家で食べて、、

はっ無気力 このままでは1日が無駄に終わってしまう〜〜ガーン

 

重い腰を上げて電車に揺られ、たどり着いたその場所とは・・・

 

京王線の多摩境駅。

 

ここから徒歩5分が今回の目的地。

 

駅に着くと、こんなモニュメント「地球断面-森のスポット-」がありました。

 

ファイル:Tamasakai-morino-plaza.jpg

photo: wikipediaより

 

急いでて、写真撮り忘れたのでwikipediaさんの写真で。

なんか意味深 ニコニコ。。。

 

その後、小山内裏公園の南側の中を通りぬけ、目的地へ歩きます。

 

小山内裏公園(おやまだいりこうえん):

東京都町田市小山ケ丘、大田川源流・大田切池周辺の自然を活かした都立公園。谷戸(やと)と呼ばれる丘陵地に挟まれた谷状の地形自然が残された4つのサンクチュアリ(聖域)があり、湧水が多数あります。

 

小山内裏公園

photo:ニッポン旅マガジンより

 

後で知りましたが、大田川の源流で、湧水スポットらしい。

 

さすが、縄文の場所には、水源の湧き水があるのね〜〜ニコニコ

蛍もいるんだって〜〜見たかったな〜〜

 

てくてく住宅街を歩きます。

 

すると見えてきた!!!

 

なんと、東京都町田市にある、
田端環状積石遺構(ストーンサークル)

 

 

 

お花も咲いて、蝶々も飛んでて、これぞ、サンクチュアリな場所 お願いキラキラ

(蚊もいたけど・・・笑い泣き

 

説明が劣化してて、よく見えないけど、

縄文土器、土偶、耳飾りなどが出土されているらしい。

こちらのサイトで文字を起こしてくれていたので、ご紹介。

 

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田端・田端東遺跡

所在 町田市小山町3113-2番地

境川に面した丘陵のふもとにひろがる縄文時代の遺跡でムラ、お墓、お祭りをしたと考えられる環状積石遺構は1971年に東京都史跡に指定されました。

約5,000年前に竪穴住居からなる大きなムラがつくられ、約3,000年前には墓地として使われました。その後、墓地の上に環状積石遺構がつくられ約2,800年前まで使われたと考えられます。現在、史跡は埋め戻しによって保護され、環状積石遺構のレプリカが展示されています。

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この環状積石遺構は、大小の自然礫を帯状に積上げ、東西約9メートルの長軸、南北約7メートルの楕円形。長軸上に富士山が見える。冬至には蛭ヶ岳山頂に沈む夕陽を観測できる。積石の周囲には周石墓7基土壙墓(どこうぼ)25基組石6基などがある。積石の内部からは日常用具以外の特殊な遺物が多数発見されていてこの地域一帯に居住した集団の宗教的な場であったと考えられている。

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そう。

行く前から知ってたけど、本物は、保存のために埋められていて、今見える石群は、再現レプリカです。

 

縄文時代は、集落の真ん中にお墓があったところも多く、この集落に住んでた縄文人たちの中心の場だったのだろうなと思いました。

 

説明を見ていたら、てんとう虫くんが飛んできて「チース!」と挨拶してくれた爆  笑

 

 

 

せっかくなので、いろんな石を触ってみた。(レプリカとは知りつつ・・・)

 

 

この写真は、サークルの真ん中の石。

外側の石よりも、中心に近い石たちが、とってもあったかいのがすごい不思議びっくり

午前中は雨だったのにびっくりマーク
 

 

せっかくなので、この石に座って、読書して帰りました。

 

 

自然と生と死を受け入れ、土地を所有せず、戦いもなく、調和する生き方を選んだ縄文人。

そんな平和な縄文時代が1万年以上続いた。

 

そして弥生人たちが農耕を持ち込み、

農耕文化の始まりにより、人類に「土地の所有」という概念をもたらした。
生産物の備蓄が可能になったことで貧富の差や階級が生まれ、水や農地(村の境界)をめぐる集落間の争いが激化。これがのちに国家形成や大規模な権力闘争へと発展する要因となったと言われています。

 

 

鹿島神宮の本を、ちょうど、ここで読み終えて、

宮司さんの最後の締めくくりの熱い想いに涙しましたお願い

 

一部抜粋します。

 

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他国の神話は、すべて神々の戦いの神話であるのにたいし、日本の神話は、神々の結びあいの神話なのである。

この結びあいは、出雲神話(国譲り)に見られるように、相互の思いやりと理解によって同化するかたちをいう。

たとえればオムスビのようなもので、ころがったくらいでは割れないものである。

 

私たちはここで神話を知らないまま育った若い世代が思想上二つに割れやすいことも注意しなければならない。
神話を知らない人々は、日本の良さを知らない人々でもある。

 

そして、今後日本が世界平和のためにどのような役割を果たせばよいのかということを神話を通じて考えてみたい。

 

日本のこれから進む道は、ただ一筋、世界の平和のために東西両陣営のかけ橋となる以外にはないのである。この道はかつて神代に武甕槌神が進んだ道であり、誠意と勇気と決断力によって、武力のある出雲大国主神を説得したように、東西いずれにおもねることもなく堂々と平和を説き、平和に国譲りさせたのである。

 

極東の一島国である日本!現存する国家の中でも古い歴史を伝えている日本!

ムスビという美しい思想を秘めた神話を伝える日本!!

この美しい島国日本のために、世界的なこの「光は東方から」の言葉が用意されている。

武甕槌神の神話と、鹿島神宮の歴史の物語の最後に、筆者は真心を込めて、若い人々のためにこの「光は東方から」の言葉をおくろうとおもう。

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実際、大和側と出雲側での国譲りがどのように行われたかは、分かりませんが、

神話では、武甕槌神と、建御名方神の間で相撲の原型のようなことはしたが、戦ったという話はなく、譲ったとあるので、平和にされたと思いたい。

 

そして、最近の傾向として、日本を素晴らしいと讃えると、右寄り発言と受け取られやすいかもしれません。

 

ですが、世界を見ると決してそういうわけではないと思うのです。

 

先日、フィリピンで大きな地震がありました。

 

ニュースで見た地震の様子の動画では、

フィリピンの学校が、国旗を掲げる時に地震に遭った映像でした。

 

そういえば、私が小学校の頃は、運動会や朝礼の時、日本国旗を揚げていたよね?
祝日の時は、家の門の外に、日本国旗を揚げていたよね?

 

それは特別ではなく、

私が少女時代に住んでいたニューヨークの小学校でも、

週のはじめは朝礼があり、毎週国旗を揚げて、アメリカ国家を歌うのが習慣でした。

 

他の国では当たり前に、自分の国を讃えて旗を振ったりしているのに、

いつの間に、国旗をあげることや国歌を歌うことを、

右寄りと思われないか?と控えるようになったのだろう?

 

私たちは、もっと自分たちの国や神話を大切に思い、子どもたちに伝え、

それと同じくらい、他国の人たちの文化や人々も大切にして、
思いやりを持ってお互いを尊重できたらいいのではと思いましたハート

 

 

おまけ。

ストーンサークルの後は、徒歩30分歩いて、日帰り温泉へ行ってきました。

 

その途中に寄った蒸しパンやさん

 

 

 

黒糖きな粉クリームサンドが甘さが絶妙で、ふわもちでおいしかった!!

 

温泉はこちらへ


源泉掛け流しで琥珀色の源泉の温泉

 

かつて古代の海に映えていた植物や、流れ出した樹木の葉などが広く堆積し、多くの養分を含む層が幾層もでき、そして地表に降った雨が何十年、何百年かけてこの層を通過すると、この養分が徐々に溶け出し褐色の泉水になります。

さらに、次の地層「三浦層群(地下785m~1,381m)」(約1,600万年前~約300万年前)に含まれる火山灰砕石に寄って『にごり成分』か濾(こ)され、奇跡的な透き通った琥珀色の源泉が生まれました。

泉質の強調すべきところは美肌効果にあります。

 

 

 

こんなふうにドボドボ流れているのが、源泉のようでした。いやすごい。

漫画や岩盤浴、食事処もあって、

こちらの施設から無料シャトルバスで、「橋本駅」「八王子駅」まで送ってくれます。

自然の恩恵をたくさん受け取ってきました〜照れ