まだまだ寒い日が続きますが、雨と風の訪れと共に春の気配を感じている今日この頃です。
さて、今となっては少し前の話になりますが、実は先月末に、ハラハラ、ドキドキする出来事があったんです。
事の始まりは、ここ阿智村で何と24年ぶりの、村長選挙。
私が票を入れようと思っていた候補の方が演説をしにいらっしゃるとの事で、朝9:15、少し緊張した気持ちで集落の施設へ向かいました。
演説を聞きに行くのに、緊張する事はないだろう。そう思われたのなら、ごもっともです。
でも、選挙と私には、ちょっと訳があるんです。
と言うのも、私が阿智村に来てから何度か選挙に関わらせて頂いたのですが、その度、突如としてちょっとした出演が要されたのです。
例えば、何十人も集まった集落の皆様を前に、「〇〇さん、必勝!えーいっ!」と大声で掛け声をかけ、だるまの目に点を入れたり…とあるお寿司屋さんの駐車場で、マイク片手に「エイ、エイ、オー!」の掛け声をかけながら力拳を空高く振り上げたり…と、ちょっと冷めた私の性格とは真逆の演出は、ある意味舞台よりも緊張する物でした。
もはや伝統となりつつある「選挙=ドッキリ」のパターンは、やはり今回も、繰り返されたのです。
・・・
とは言っても、少々構え腰で出席した演説は、何事もなく終わりました。
「お話が上手だなぁ。村の事をよく考えてくださっているんだなぁ。」
こぶしタッチで応援を約束した「熊谷」候補に私の票は決まりだ、と、すっきりした気持ちで稽古場に戻ってきた。
そこまでは順調。「な〜んだ、何もなかったじゃない!」
さていよいよ選挙日。
前日から用意してあった投票カードを持ち、記載台に近づくと…
ぅはっ!
「熊谷」が2人いる!!
…そう。あろう事か、2人の候補者の苗字が同じだったんです!
私は今まであまり耳にした事のなかった苗字だったので、
「これだけ覚えていれば間違いない。」
と、確信し、下の名前にはまったく注目していませんでした。
そう言えば演説の終わりに、
「投票する時は、苗字だけでは無効になりますからね、最後まで熊谷〇〇と書いてくださいね…」と念を押して言っていたな…
「なんでわざわざそんな事言うんだろ〜」
なんて考えてないで、ちゃんと話を聞いてれば…
今さら後悔しても手遅れ。これはピンチだ。
ゴクンと息を呑む。
2人の名前が書かれた札をみる。
投票用紙を見る。
また札を見る。
隣で投票していた姉弟子さんにこっそり聞いてみようと振り向くが、アネさんはもう出口にいる。
しまった…救命ボートはもう手に届かず。
ズラリと並ぶ監視員6名。
また札を見る。
一人取り残された私は、何か手掛かりを!と、記載台の前でいつまでもモジモジ、キョロキョロ。
怪しい人物になり始めている。
静まり返った部屋。
投票用紙。二人の名が並ぶ札。
立ちすくむ私。
どっちだ…どっちだ?どっちだ!!!
この時点ではもうだいぶ焦っている。
必死に記憶を呼び起こそうとするが、頭の中に響くのは、たった一つの声…
琵琶奏者の坂田美子先生が熱唱する平家物語「敦盛」の一節:
「熊谷次郎の、直実ぇ〜はぁ〜」
違う!違うんだよ!
これはあの有名な熊谷直実と敦盛の戦いではなく、阿智村の、熊谷さんと熊谷さんの戦いなんだ!
ほんの2年前まで平家物語なんて手にした事がなかった私が、なぜこの瞬間に「熊谷次郎直実」のフルネームを、いとも簡単に思い出せるのに、村長さんの名前を思い出せないのかが、誠の不思議。
とにかく、一人でこの状況をどうにかするしかなかった。
仕方がない。一かバチだ。
心を決めて、記載台へ近づく。
何となく、名前のリズムと長さで、
「んー、多分。こっち…かな。」
ついに意を決して、記名した。
しかも苗字の横に、「クマガイ」と、ふりがなまで付けて。
(なんでそんな事をしたのかは、自分でも、謎です。)
一生懸命に村のことを考え選挙に挑んでいる方に対して、こんなめちゃくちゃな投票の仕方は本当に申し訳ないと思いながらも、私なりに必死な戦いだった。
一刻も早くその状況を脱出すべく、投票箱に紙を入れるなりそそくさと部屋を出て行った。
今でもこのエピソードを思い出すと、少しソワソワした気持ちになると同時に、美子先生の歌声が頭に響く。
「熊谷次郎直実」
この名前は、一生、忘れないだろう。
・・・
追伸
投票後、外で待っていたアネさんに確認したところ、無事、投票したかった方に票を入れていた事がわかりました。
また、この日、私の頭の中に響いていた美子先生始め、「びかむ」の皆さまにより演奏される平家物語「敦盛」は、こちらのYouTube動画で公開されておりますので、素晴らしい演奏を是非この機会にご覧くださいませ。
きっと皆さまの頭の中にも、「熊谷次郎直実」の名前が、響き残る事でしょう。
