こんにちは、derokoです。

ここ一週間、ちょっとバタバタでした。

ちなみに検査結果については会社に話して、とくに問題なく今後も普通の人と同じように働けることに。2ドキドキよかった~。

転職の境目だったから、「何か病気認定されて働き続けるなら、今の会社の方がいいんじゃ・・」と結構悩んだけど、最終的にはやりたいことができて、かつ入り口の段階で出来ることとできないことをわかってもらえたので本当に幸運でした。
ちなみに一応病院から「OLやる分には何の問題もないよ」的な診断書を書いてもらったんですけど、送られてきたのを見ると・・

・原因は先天性であるため今後急激な悪化を呈する可能性は低い
・筋力低下があるため悪化予防と関節保護の観点から重量物移動、階段昇降は避けることを推奨
・年1回程度の定期観察を必要とする。


・・・うーん。2番目、私が渡した下書きには「重量物移動・階段昇降を頻繁に要する業務への従事は避けることを推奨」と書いたつもりだったんだけど。。
なんかこれだと、配慮を強制しているような気も・・

まぁ、重いもの持つのも階段も、避けられるなら越したことはないけどね汗
他で返せるように、頑張ろうアメーバ

さて、そんな研修ウィークで「ふーん」と思った小話を一つ。
有事の時のリーダーシップ、みたいなお話でのウンチクでひとつ。
サブタイトルは、「ミオパチderokoは有事の時にどう生き残るか」笑

危機的状況でリーダーには勇気ある意思決定が必要だ、という話の中で紹介されていたのが、ベン・シャーウッドの「サバイバーズ・クラブ」という本。

落下するジェット機から飛び出して生き延びたパイロット、心臓に編棒が刺さったのに生還できた女性、そして9.11、現場に居ながら生き延びた人など。困難な状況下で生き延びた人々を取材し、その思考・行動のパターンをまとめた本。
助かるはずのアクシデントで命を落としたり、逆に到底助からないような状況でもピンチを乗り切る人がいる。後者にはどんな違いがあるのか。

イギリスのサバイバル研究家ジョン・リーチによると、極限状態に置かれた時、

パニックに陥って、却って状況を悪化させる人・・10%
(ヤケになって暴れたり人を妨害したり・・ドラマで必ず一人は居ますよねあせる


冷静に状況を分析し、適切な行動が取れる人・・10%


では80%の人はというと、起きていることを認識できず、もしくは認めたくない防衛本能が働いて、何も行動が起こせなくなってしまう人だとか。

確かにこの前の新幹線で灯油被る事件も、明らかに灯油缶なんか持った人が車両にきた時点で本来逃げてしかるべきなのに、みんな普通にしていると色々な可能性を無理やりこじつけそうよね・・「なんかの作業の人なんだろうか」とか、「ちょっと変わった人」とか・・灯油=着火って結構簡単に結びつきそうなイメージだけど、意外と集団心理が働いて動き出せない。

戦時中でも、明らかに隠れるところがないのに人が沢山逃げる方に誘導され、被害が大きくなったという例もよくきくし。

何かあった時、勇気を持って人と違うことであっても決断して行動できるか、それこそが「生き残る人」に備わっているものだ、みたいな話がありました。

そして、勇気ある意思決定を迅速に行うには、普段からのリスクの見極めが重要。

その点derokoは自信がありますニコニコ
なんてったって小学校の頃から、防災避難訓練では「私絶対逃げきれないから、無理だと悟ったら消防が見つけやすい安全な場所を探すことを優先しよう」とか、おまわりさんによる安全講話で、不審者を見たら大声を出して逃げましょう、という教えに対し「私絶対逃げきれないから、大声出していざとなったら躊躇わずに急所を狙わねば・・・」とかずーっと考えてきましたから。笑

ちなみに夫には、「災害の時、気にしないで一人で逃げてね!!日本の消防は優秀だから、彼らが見つけてくれるまで体力温存して頑張るから!」と普段から説いています。笑

上のサバイバーズクラブでも、「自分は当然助かる」と思っている人の方が生存確率が上がるそうな。逆に「もうダメだー!」となっちゃうと、人間の体って不思議で体温が下がったり不整脈が出たりするんだって。

おかげさまで子供の頃から、点滅中の信号なんて勿論渡らないし、電車に乗る時も段差がある時は絶対入り口の手すりに掴まるし、一定以上の混雑車両だったら諦めて次に乗るし(勿論そのために多少早めの電車にのる)人より危機意識が高いと思う。
多分新幹線に灯油事件でも、車両に入ってきた時点でとりあえず反対端の車両までさりげなく逃げてると思う。
まぁ、こんな生活していても杞憂に終わる方が多いんですけどね。笑

備えあれば憂いなし!
まぁ、でも体力筋力はあった方が良いに越したことないよね^^;
昨日飲みすぎて若干グロッキーなderokoです。
地方生まれで、就職から上京してきたので、大学時代の友達はやっぱり貴重です。
社会人3年目くらいを機に、みんな一気に地元帰っちゃうからね~。
大学近くの、あの飲み屋潰れたらしいよとか、ローカルトークをつまみに4時間近く飲んじゃいましたビール

ではでは、今日も変わらず自分のことを書きます。

筋肉の病気でーというと、みんなやっぱり「家族も?」って聞きます。
でもやっぱり、どう思い返してみても私ほどの運動能力の人はいないんですよね。
同じ学校だった従兄弟なんてスポーツ万能で有名だったし、母親なんか私より体力あって、帰省すると私の荷物ひょいって持ってっちゃうし(旦那が気まずそうにしてるから持たせてあげてあせる笑)

若干怪しいのが父親。
とはいえ複雑なので父を問いつめることもできず、「遺伝・・かも??」と曖昧な返答で問診してきました。でも、優性遺伝なこの病気。もうちょっと親戚にいても良いと思うんだけどねぇ。

物心着いた時から、自他共に認める運動音痴でした。
50m走、20秒台。 100m走、30秒台。
逆上がり?無理無理。
マラソン大会は遅すぎて存在を忘れられ、軽く騒ぎになったことも。
(次の年から私の真後ろにおじいちゃん先生が配置。いい勝負でしたにひひ
バレーボールは一生懸命サーブしても、ネットは越えられずドキドキ
投げる力が弱いせいか、ドッチボールでは「あたるならderokoの球がいい」と言われ、不良女子たちがこぞって最初にあたりにきたのでしたドキドキ

でも、高校は自転車通学だったし、マット運動とかは同じようにできたし。
1回だけ、整形外科で写真をとったものの「成長と共に筋肉がつくんじゃないですかね」と言われたきり。思えば20年前のど田舎には、神経内科なんていう概念もなかったのです。

こう書くとよくいじめられなかったな^^;
そこが田舎のいいところ。

体育の時間と運動会は嫌いだったけど、優しい球をぶつけるからか、ちょっとやんちゃな友達が何かとかばってくれていたんだろうなと、今にして思う。

大学まで行くと体育が必須じゃなくなって、そこから自分の運動能力を疑問視することもほとんどなくなりました。
そういえばパッと見、若いし運動ができそうに見えるらしく、会社のイベントでマラソンに出させられそうになり、「ほらみて!こんなに遅いの!」と一生懸命アピールしたこともありました。笑

この子供時代の運動のできなさが、インターネットで見つけた「ミオパチーかもしれない事例」に見事に当てはまっていたわけですが・・
受診するのは30歳になってからの話。

また書いていきます。

この頃病気だってわかっていたら、嫌な思いして走らなくてもすんだかも・・ってちょっと思うけど、逆に特別扱いされた方が自分にとっては悪影響だったかもなぁ。
もしかしたら、そこで同じだけ運動したから、心肺が丈夫なのかも、ですね。
何がどう転ぶかわかりません。

ではでは、じゃんじゃん書きますよ。
書いて、記事がたまってきて、私ってこういう人ですよ~という情報が見える化してきたら、お友達探しに行くのです🎵

そもそも先天性ミオパチーって?
ざっくり言ってしまうと、生まれつきの筋力低下が特徴で、それに伴い、歩行や呼吸が困難になったり、体が曲がってきたりする遺伝性の病気です。
とはいえ、2015年現在、私歩けてます。毎日普通に会社行ってます。
肺活量も病院では「男子高校生並み!!」と驚かれました。
この辺りが、診断までに時間がかかった要因でもあります。

じゃあ何ができないか?

1;階段は、手すりがないと登れません。
(ない場合は壁にベタベタ手をつくか、人目がないところなら手と足で四足歩行ぶーぶー!)

2;しゃがんだ状態からは、手をつかないとおきれません。
(必然的に和式のトイレは使えません。)

3:重いものを持つ力は普通だけど、持ち上げる力がありません。
(金網の上に荷物置くとか。あと、腕をあげて髪の毛を整えても、キープできるのは3分が限界)

4:腹筋運動で起き上がれません。
(でも腹筋運動求められないからこれは別に困らないかな。)

その他、両手の握力が平均13kgくらい。
正真正銘の非力です。おとめ座

でもそれ以外は見た目も至って普通。
お仕事は人事のおねーさんをやっていますが、研修登壇とかでずっと立ちっぱなしでも全然平気。
速度は超遅いけど、走れるし自転車にも乗れます。
お酒も普通に(というか人より多い方かも)飲みます。

まぁ、見た目が普通すぎて、階段ヨロヨロ登っていると後ろの人に舌打ちされたりむっ
明らかに荷物運んで欲しそうなお年寄りを見捨てざるを得なかったりしょぼん
和式トイレ勧められても断らざるを得なかったり(トイレトイレ言い過ぎ?でも重要)
そんなくらいです。

じゃあ、なんで神経内科に行くことになったのか、そんなことからまたぼちぼち書きたいと思います。